優しい歌 第7話 安らぎと傷跡(後編)
*
わたしとシェリーは1人で森の中に入っていくリスティが心配で後を追いかけました。
「確かこの辺だったと思うんだけどなあ」
シェリーも辺りをきょろきょろしながらリスティを探している。
何故かこの森の中では力による探索ができなくなっていたのです。
しばらく歩いていくと視界が開けて広場になっている所に出ました。
「あっ、いた」
そこにはリスティと傷ついた大きな龍がいて、何か話していました。
わたしは思わず上げそうになった声を何とか呑み込むと、シェリーと二人で木陰に隠れて様子を見ることにしました。
何故だかとても懐かしい感じがする。
「(わたし、あの龍を知ってる気がする。どうしてだろう?)」
しばらくリスティと話していた龍がふいにこっちを向いた。どうやら気付かれたみたい。
その龍の瞳を見たとき。
「……っ!?」
何かが重なって見えた。
一瞬のことだったのでなんだったのかは解からないけど、ひどく懐かしいような……。
「ぐぅ゙お゙お゙お゙お゙ぉ゙ぉ゙ぉ゙ぉ゙ぉ゙ぉ゙ぉ゙ぉ゙ぉ゙ぉ゙ぉ゙ぉ゙ぉ゙ぉ゙ぉ゙ぉ゙ぉ゙ぉ゙――!!」
わたしが思考の渦に沈みかけたとき、不意に轟音が大気を揺るがした。
どうやら竜が飛び立とうとしてその動きが傷に障ったようです。
しばらくして、龍はわたしの眼の前に倒れこんだ。
「きゃっ」
わたしはびっくりして尻餅をついてしまった。
ちょうどそのとき龍と目が合って、竜は何か驚いたように目を見開いた。
「柚那(ゆずな)……」
ドクンッ!
その名前を聞いたとき、わたしの中で何かが動き出した気がしました。
倒れた龍の傍にリスティがやってきてそっと語りかけている。
「君は傷つきすぎたんだ。今はゆっくり休もう。君が争いを無くそうという気持ちは充分解かったから。もう自分を傷つけるのはやめようよ。もっと別の方法を考えよう。君はもっと温もりを知るべきだ。そうすればもっといろんなことが見えてくるはずだよ。だから一緒に行こう。君と同じ名前の暖かな場所へ」
リスティは普段見ることのできない真摯な顔をしていました。
ちょうどわたし達をあやしてくれたあの時のような顔でした。
「さて、盗み聞きとは趣味が悪いぞ、お2人さん」
気付けばいつもの顔に戻ったリスティが眼を細めて笑っていた。
「違うよ。あたし達はリスティのことが心配で後を追いかけてきたんだから。この森には呪いの石があるから入っちゃダメって女将さんから言われてたし」
そんなシェリーを横目にリスティはまた龍に眼を向ける。
「呪いの石か……。ほんとに君は報われないね」
「リスティ、どうしたの?この龍と何話してたの」
わたしは何故かこの龍のことがもっと知りたくなった。
何かとても大事なことを忘れている気がしたから。
「いや、この村に来たとき気になる物を見つけたから、見に行ったらこいつがいたってわけ。ていうか、やっぱり2人とも驚かないんだね」
そう言ってリスティは呆れたような安心したようなため息を吐いた。
「確かにびっくりしたけど、こういうのには慣れてるし。常識外れと言えばわたし達も一緒でしょ?」
「そうそう。龍って怖いイメージがあったけどなんだかとても優しそうな眼をしてたからぜんぜん怖くないよ。むしろ友達になってみたいな」
「そうだね。漣、君は優しすぎて傷つきすぎたんだ。だから傷つくことでしか争いを止める術を知らなかったんだ」
「……漣さんっていうの?リスティの住んでる所と同じ名前だね。彼もあそこの人達みたいに暖かいのかな」
何故だかそう確信していました。その名前にも懐かしい響きを感じました。
「さて、とりあえずこいつを旅館まで運ぶよ」
ふいにリスティはそんなことを言った。
「えーっ!?こ、こんな大きいのに」
それを聞いてシェリーが素っ頓狂な声を上げた。
「当然だろ?傷もかなり深いみたいだし。フィリス、傷の具合はどう?」
容態を診ていたわたしにリスティが声をかけてくる。
「傷は一応ふさがってるみたいだけど、こんな状態だからいつ悪化してもおかしくないわ。早く手当てしてあげないと……。それにしても、わたし達だけで運べるかしら?」
「物は試しさ、さあやるよ2人とも」
「しょうがないなー。まあ、あたし達の仕事は人命救助だからね。やろうよフィリス」
「そうね。それじゃあリスティとシェリーは体の両側をお願い」
「はいよ」
「了解」
2人が返事をして脇腹あたりにまわる。それを確認してわたしも頭の傍まで行った。
間近で見ると傷の酷さが改めてよくわかる。
「ほんとに酷い怪我……。こんなになるまでいったい何をしてたんだろう……」
その時わたしはなんだかとても悲しい気持ちになりました。
こんな気持ちを前にも味わった気がする。
わたしはそっと生々しい刺し傷が無数に走る頭に触れてみた。
「鱗で覆われていない所って意外と柔らかいんだ……」
他のところを見てみるとやはり剥き出しになっている所はひどい怪我なのに、鱗には傷ひとつ付いていない。よほど頑丈なのでしょう。
わたしは頭に触れたまま眼を閉じて念じた。
この巨体を浮かせるイメージを頭に思い描いて。
すると漣さんの巨体はゆらりと浮き上がりました。
「うわー、ほんとに浮いてるよ」
その光景にシェリーが歓声を上げた。
その瞬間きゅうにものすごいGに襲われた。制御装置のピアスが悲鳴を上げている。
「こらー!!シェリー、力を……抜くなあ〜」
どうやらそれはリスティも同じだったようです。
だけどリスティの注意がシェリーに逸れたため、さらにわたしの体を凄まじいGが襲った。
あっ、耳元で何かが弾けたような音が……。
「ふたりとも〜、いっ、いまは、念動に、集中して〜。じゃないとわたし、もたないよ〜」
「わー、ごっ、ごめん!フィリス」
「元はと言えばお前が悪いんだぞ」
「なんだよ、リスティだって集中力が散漫になってたくせに」
ああ、なんだか頭がくらくらしてきた。眼の前が真っ暗に〜。
「2人とも……、喧嘩は後でしていいから早く念動に集中して―――――――――――!!」
*
あの後、結局耐え切れなくなったわたしは気絶してしまい、気がついたら誰かに背負われていました。
どうやら森の中を歩いているようだけど……。
なんだかとても懐かしい背中。前にもこんなことがあった気がする。
「いや、面目ない。ボク等が君を介抱するつもりだったのが逆に介抱されることになって。まったくこいつも無理だったらいったん下ろせばいいのに」
「いえいえ、その気持ちだけでも嬉しいですよ。それにあれは古傷ですからめったに開くことはありませんし」
これはさっき気絶した漣さんの声。わたしは漣さんに背負われているの?
「でもちゃんと消毒とかしておいたほうがいいよ?フィリスに知れたら、腰に手を当てて傷の手当てはちゃんとしなくちゃいけません。ばい菌とか入ったらもっと酷くなっちゃいますよって。あたしも風邪引いた時には、早く治そうね〜って笑顔で注射をぶすってされるんだよ。確かに効果抜群だけど、あれはおっかないや」
シェリーが面白そうにわたしの真似をしている。
どうやらわたしが気絶している間に仲良くなったみたい。なんだかちょっとずるい気がする。
「ボクも仕事で怪我して帰ったら、かすり傷程度なのに包帯でぐるぐる巻きにされたよ。まったくあいつは心配性なんだから。そのくせ自分のことはないがしろにしがちでさ」
「それは悪かったわね」
「うわー!?フィリス起きてたの」
「いつのまに復活したんだ」
「シェリー、最近お腹の調子がよくないって言ってたでしょ。よくきく胃薬があるんだけど試してみない?」
そう言ってわたしは懐から愛用の注射器を取り出す。
「えっ、遠慮しときます。というかごめんなさい」
「……どこにしまってるんだ」
「リスティも最近風邪引いたかもしれないって言ってたでしょ?風邪薬もあるわよ」
「……さすがに今回はボクも悪かった」
「反省してます」
そう言ってうなだれる二人に、わたしは満足そうに笑ってみせる。
よし、このぐらいで許してあげよう。漣さんも大事には至ってないみたいだし。
「ふふ、解かればよろしい。でももし本当に調子が悪かったら言ってね。わたし、これでも医者なんだから」
「ああ、気をつけるよ」
「ありがとう、フィリス」
「仲がよろしいのですね。そういうのもいいのかもしれませんね」
「えーと、話が見えないんだけど。とりあえずどうなってるのか説明して」
リスティはそれを聞いて思い出したように頷いた。
「あー、気絶してたんだから無理ないか。おまえが気絶した後にしばらくしてこっちが目覚めたんだ」
そう言ってわたしを背負っている人を指す。
「えーと、この人は?」
「こいつ、人に化けるんだ久遠みたいに」
「ああ、なるほど。ということはあなたが漣さんですね」
「はい。あなたとお話するのはこれが初めてですね。はじめまして、漣です」
「フィリス・矢沢です。怪我のほうはもう大丈夫なんですか?」
「はい、元々古傷でしたし。それよりも気絶したわたしを介抱していただいてありがとうございます。なんでも手当てできる所まで運んでいただこうとしていたとか。図体だけは大きいもので重かったでしょう?」
「ああ、死ぬかと思ったよ」
「でもフィリス、最後まで放さなかったよね」
シェリーが感心したようにそう言って笑う。
「患者を前にして医者がそう簡単に諦めるわけにはいかないでしょ」
「ふーん」
リスティは意味ありげに眼を細めて笑っている。
「あの、漣さん。そろそろ下ろしてもらえませんか?」
さすがにこのまま旅館に帰るのは恥ずかしい。
「もう大丈夫なのですか?」
「たぶん大丈夫だとおもうんですけど……っ!」
そう言って下ろしてもらった途端、激しい頭痛に見舞われて倒れそうになる。
そのときはとっさに漣さんが支えてくれたので倒れずには済んだのだけど。
その時初めて漣さんの顔を見たのだけど、とても綺麗な顔立ちをしていました。
そういえば知佳ちゃんの友達の真一郎君もこんな感じだっけ。
でもやっぱり懐かしく感じるのはどうしてだろう?
「だめだめだな」
「フルパワーであんだけやれば無理も無いよ」
「うう……、頭いたい〜」
「念動の重量制限をゆうにオーバーしてたからね。ちょいとヤバイかもよ」
リスティ、何気に怖いことを言わないで。
でも、自分でも体が悲鳴を上げているのが解かるくらいだから、本当にまずいかも……。
「フィリスさんはそんなに危険な状態なんですか?」
「うーん、死にはしないけどしばらくは動けないだろうね。まあ、安静にしておけば大丈夫だと思う」
「そうですか……。フィリスさん、ちょっと失礼します」
そう言うと、いきなり漣さんが顔を近づけてきて、わたしの額にキスをした。
……ってキス!?
「えっ?」
「ひゅーひゅー♪」
「うわー」
横でリスティがはやしたて、シェリーが真っ赤になって慌てている。
それで当事者のわたしは何かを考える前に意識が途絶えてしまった。
意識が途切れる一瞬、小さく声が聞こえてきました。
「いつの時代でも君は無理ばかりしているんだね。また逢えて嬉しいよ、柚那……」
*
「ずいぶんと大胆だね君も」
唇を離したわたしにリスティさんがニヤニヤしながらそう言った。
「フィリス寝ちゃったの?」
「ええ、これで目覚めたら回復しているはずです」
「それも君の力かい?」
「ええ、相手に口付けをすることでわたしの体力を与えて回復させる」
「それだけには見えないんだけど?」
そう言って目を細めるリスティさんにわたしは軽く肩を竦めた。
「鋭いですね。その通りです、わたしがフィリスさんにしたのは“通魂の儀”と言って魂を分け与える術のことです。それにしてもよく解かりましたね」
「君は心の中を見せたがっている。心を読もうとしても阻む術を持っているのに拒まない。それに読まなくてもそれとなく感ずかれるような素振りをみせる。君はいったい何がしたいんだ?」
そこまで気付いているとはさすがだ。
「言ったでしょう?歩み寄るにはお互いをよく知ることが大事だと。わたしはずっとこうしてきたんです。それはこれからも変わりません」
「そのやり方はあまりにも無防備で危険すぎる。そんなことをしていたら命がいくつあっても足りないよ」
「わたしは死なないんですよ。誰かの呪いなのかそれともわたし自身の能力なのかは自分でもよく解からないのですが、わたしの命が尽きることはありません。だから多少の無茶も平気でできるんです」
「駄目だよ、そんなの!」
そのとき今まで黙って聞いていたシェリーさんが急に怒鳴った。
「そりゃ、あたしだって死なないって解かってたら火の中だって水の中だって平気で飛び込んでいくだろうけど。それでもたった1つの命なんだよ。もっと大事にしなくちゃ」
「お優しいのですね、あなた方は」
「命はあらゆる意味で等価だ。君もあまり自虐的になるなよ」
「ですが、そうにでもならないと争いは止められない」
「だーかーらー、そんな暗いことばかり考えてないでもっと気楽にいけっての。よしっ、決まりだ。君をうちまで連行する。逃げるなよ」
そう言ってリスティさんはニヤリと笑みを浮かべた。
どうして初対面の、それも異種族のわたしにそこまで親身になってくれるのだろう。
いや、答えなんて分かっている。
彼女たちは優しいから、こんなにも懐かしい気持ちにさせてくれる。
だからこそ、彼女も選んだのだと思う。
そして、わたしも……そんな温もりの中にいたいと心のどこかで願っているのかもしれなかった。
「逃げませんよ。他に行く宛てもありませんし」
「よく言うよ。せっかく手錠かけたのにすんなり抜けたくせに」
「確かにあれはすごかったよ。どうやってやったの?」
シェリーさんもさっきの真剣な表情とは打って変わって楽しそうに笑っている。
「よーし、こんどはすまきだ」
「あっ、それ面白そう」
「すまきはさすがに難しそうですね」
「なんか余裕なのがむかつく」
「あははは♪」
楽しい人達だ。そう言えば柚那の周りにもこういう人達がいたっけ。
「それにしても君は大胆だなあ、いきなりむちゅーだもんなあ」
「あたしもあれにはびっくりしたよ」
「どうせなら唇奪っちゃえばよかったのに」
「確かに口移しが一番効果的ですが、それをするとフィリスさんが可哀想です。どこの馬の骨とも知れないわたしとなんて。やはり、そういうのは好きなお相手とするのが一番嬉しいものでしょう」
「ロマンチストだね〜。ねえ、面白そうだから唇奪っちゃいなよ。今なら寝てるし、こいつ今までに男いなかったから新鮮だよ」
「こらこら、リスティ。身内を売るんじゃない!漣もそんなことしちゃ駄目だからね」
「ははは、しませんよ」
「ちぇっ、つまんないの……あっ、そうだ。だったらシェリーにやらせよう」
リスティさんはいいことを思いついたと言わんばかりに眼を輝かせた。
「なっ、な、なんであたしがそんなことしなくちゃいけないんだよっ!」
対するシェリーさんは顔を真っ赤にして抗議している。
でも何故か瞳が微妙に揺れている。もしかして……
「いいだろ?おまえフィリスにゾッコンなんだからさ」
「そっ、それとこれとは話が別っ!」
「まあまあ、とりあえずその話は置いといてしばらくは皆さんにご同行させていただくということでいいのですね?」
「置いとくなっ!」
「ん、まあこの続きは夜にするとしてそうしてくれると助かる。1人で突っ走ってまた山奥にでも倒れられたらたまらないからね。それに君のことが気に入った。君にはもっと学ぶべきことがある。たぶんうちに来ればそれが解かると思う」
「だから続けるなっ!」
「まあ休養ということでよしとしましょう。それに今の世界をゆっくりと見極めておきたいですし」
「よし、交渉成立だね。しばらくボク等はこの村でのんびりしていくから付き合ってもらうよ」
「のんびりするなんてずいぶんと久しぶりですから、いいですよ」
「あたしを無視するなー!!」
「うるさいな〜。……てっ、イテッ!姉に手を上げるとは何様だ」
「へっへ〜ん。手は上げてないよ〜だ」
確かに念動で石を飛ばしたので手は上げていない。単なる屁理屈でしかないが。
「この減らず口が。これでもくらえっ!」
そうこうしているうちに超能力どつき漫才が始まってしまった。
見ていて楽しいが、取り合えず止めたほうがいいんだろうな。
「お2人ともそこまでです。もう日も暮れてきましたし旅館に戻りましょう」
わたしは2人の間の空間を捻じ曲げて飛び交う石を叩き落した。
「おや?もうそんな時間かい。仕方ないなあ、それじゃあシェリーの恥ずかしい写真で我慢してやるよ」
「どこが我慢なんだよ!リスティのスケベ」
シェリーさんが顔を真っ赤にして怒っている。純情な人なんだろう。可愛いとは思うが。
それを微笑ましく思いながら歩いていると、こんどはリスティさんがわたしに話をふってきた。
「ところでさあ、一応確認しておくけど、君男だよね」
「人間にたとえるとそうなりますね」
それを聞いてリスティさんは面白そうに笑いながらわたしの胸を指して言った。
「じゃあ、その胸の膨らみはなんだい?それじゃあまるで女だよ」
言われてわたしは改めて自分の胸を見てみた。確かに膨らんでいる。
「おかしいですねえ、昔のことを思い出しながら変化したはずなのに」
「はは、つまりもとから女顔だったってわけだ」
「そうみたいですね。まあ変化しなおすのも面倒だし、別にいいんじゃないですか」
「あははこいつはいい。君ますます気に入った」
リスティさんは上機嫌である。
「ちょっとそれは災難かも」
「それにしても残りの力をこれに使うとはやっぱり脈あり?だったら唇くらいもらっときなよ減るもんじゃないし」
「リスティはまたそういう話をする」
そんなふうにわたし達は談笑しながら旅館へと向かった。
*
わたしは夢を見ていた。
どこか懐かしい感じのする村の真ん中で十字架に貼り付けにされている。
見下ろすとすぐ近くに1人の男の人がいて、漆黒の剣を持って何か叫んでいた。
他にも沢山の人達が集まっていて、わたしはこれが公開処刑なのだとぼんやりとした頭で理解した。
――これであの忌まわしい龍が倒せるっ!
この娘を“あやなぎ様”に捧げれば我々に永遠の平和を約束してくださるのだ――。
男の人は狂気に満ちた顔でわたしを見上げて笑っています。
他の人達も一様に眼がぎらついていました。
とても怖い、ひどい夢……。
夢のはずなのに、嫌に現実感が強くて、夢であることを忘れてしまいそうだった。
――娘よ我らの為に犠牲となれっ!!――
そう叫びながら男の人がわたしに剣を突き立てた瞬間、物凄い激痛がわたしを襲った。
……これは、刺されたの?
痛みに襲われながら歪んでいく視界に遠くから飛んでくる1匹の龍が見えました。
周りの人達がどよめいています。
どんどん薄れていく意識の中、わたしが最後に聞いたのは龍の絶叫にも似た叫び声だった。
――ゆずな―――――!!――
*
気がつけばそこは旅館だった。
どうやらさっきのが夢でこっちが現実のようです。
それにほっとしつつ、辺りを見回してみると両側にリスティとシェリーが寝ていた。
どうやらあれからずっと眠っていたようです。
「確か漣さんにキスされて……はっ、そういえばあの後どうなったんだろう。……いたっ!?」
起き上がろうとした途端、胸に奇妙な痛みを覚えた。
痛みは一瞬。針で刺したような機械的刺激のようでもあったけれど、そうじゃない。
おそらく心因性のものだろう。
あんな夢を見たから。その証拠に今はもう少しも痛まない。
そんなことを考えていると、漣さんがふすまを開けて入ってきた。
「気分はいかがですか?」
「あっ、はい。なんだかすっかりよくなってるみたいです」
「それはよかった。でしたら温泉でもいかがですか?さっぱりしますよ」
「ああ、いいですね。待ってください。すぐに準備しますから。そういえば、リスティとシェリーはいつごろ眠ったんですか?」
「フィリスさんが起きる少し前ですね。お2人とも楽しそうに騒いでいましたよ」
わたしは2人が楽しく騒いでいるのを想像して思わず溜息を漏らした。
どう考えてもシェリーがリスティに悪戯されている光景しか思い浮かばなかったから。
どうせ、またシェリーを酔い潰して服を脱がそうとしていたに違いない。
「ああ、そうそう。後でちゃんとシェリーさんに服を着せてあげてください。あのままだと風邪を引いてしまいます。それに、……女性の裸というのは男であるわたしには刺激が強すぎるので」
「はあ〜、やっぱりそうなってたんですね。……って、男!?漣さんが」
確かに顔は見ようによっては男の人であってもまだおかしくありません。でも……。
「胸とか体のラインとか、それはどこからどう見ても女の人ですよ」
「いやー、人に変化するとき顔から下を間違えたようでこんな状態になってしまいました」
「やっぱり男の人だったんですね」
「やっぱり?」
「えっと、なんとなくそうじゃないのかなと思っただけです。漣さんを見ているとなんだか不思議な感じがします」
「そうなのですか?」
「はい。なんだかもっと昔にあったことがあるような気がするんです。あははへんですねわたし、漣さんとは今日お会いしたばかりなのに」
「……そうですか。わたしにとってはこれで3度目なんですけどね」
「えっ……」
そう言って微笑む漣さんの後ろに桜が散っていたのが見えた気がしました。
そして3度めという言葉、何かが引っかかって胸の中で渦巻いています。
「あの、3度目って?」
何故だか知っておかないといけない気がして、わたしは思わず聞きさえしていました。
「……いえ、ただの感傷です。お気になさらないでください。それより用意はできましたか?」
「あっはい」
「では行きましょう」
彼は有無を言わせぬ勢いでわたしの手を取ると、歩き出してしまった。
この人には懐かしさを感じるのにどうしても肝心な所が思い出せない。必ずどこかで逢っているはずなのに……
「それではわたしはこっちですので。また後ほど」
「はい、解かりました。……って、わわわ、だっ、駄目ですよ〜。いくら中身が男の人だからってその姿で男湯に入っちゃ。外見は立派な女の人なんですから」
「ああ、そうでした」
ふう、危なかった。もう少しでリスティが喜びそうな事態になるところでした。
「ですが、ご一緒するのはどうかと……。わたし、男ですよ?」
「わたしは構いませんから、お願いですから男湯なんかに入らないでください」
「解かりました。では僭越ながらご一緒させていただきます」
「そうしてください」
一悶着あった後、ようやく脱衣所の中へ入ることができました。少し疲れたな。
一応異性なので背中合わせで服を脱ぐことに。
そう言えば漣さん、着物の上からしか見てないけどスタイルよさそうだったな。
そっと気付かれないように振り向いてみる。
「(うわ〜、大きい……)」
フィアッセやアイリーン達とお風呂に入ることもあるからそういうのは見慣れているけど、やっぱり気にしてしまう。
「(やっぱり、大きいほうがいいのかな〜)」
自分の胸と見比べて思わずため息が漏れてしまう。
「……どうかされましたか?」
「なっ、なんでもないです。……ただ大きいなあと思って」
「……もしかしてお気になされているんですか?その……胸……」
「う……(なんでこの人、こんなに鋭いの?)」
「あまりお気になさらないほうがよろしいですよ?女性の美しさというのは外見だけでは
ありませんし、それにフィリスさんには沢山魅力が詰まっていますよ」
そう言って振り向いた漣さんは思わずドキッとするほど優しい眼をしていた。
*
――そんなに気にすることないと思うよ?君の魅力はもっと大事な所にあるよ――
とある屋敷の中、姿見の前で自分の容姿を気にするわたしそっくりの少女。
その少女を後ろから抱きしめて優しく諭す青年。
姿見に映ったその青年は……
*
「どうかされましたか?」
はっと我に返ると漣さんは不思議そうな顔をしていました。
「いえ、なんでもありません……。ところで、その格好で入るんですか?」
「何かおかしなところがありますか?」
確かに大事な所は隠してあるしわたし達意外のお客さんはいないみたいだからいいのかもしれないけど……
「まあいいです」
そう言ってわたしは体にバスタオルを巻いて脱衣所の扉を開けた。
「うわー、綺麗」
そこは露天風呂でした。
「この時間帯だと湯煙が一番綺麗なんですよ。それにもう少しすればここから朝日が拝めます」
「それはいいですね。あっ先に体洗っちゃいましょう。背中、流しますね」
「いっ、いえ、遠慮しておきます」
「だ・め・で・す♪」
わたしが悪戯っぽく迫ると漣さんが困ったような顔をしました。
「じゃあ、お願いします」
「はい♪」
そう言って漣さんの体にお湯をかけると、わたしはボディソープを付けたタオルをあわ立てて体を洗い始めました。
「見た目より筋肉質なんですね」
「元々男をイメージしたのでそうなったのでしょう。あっもう少し強くお願いします」
「このくらい?」
「ああ、いい感じです」
「……♪……♪……♪」
わたしはなんだか嬉しくなって鼻歌を歌いながら漣さんの体を洗っていきます。
「綺麗な歌ですね」
「そう?ありがとう。……♪……♪……はい流しますよー」
綺麗に洗い終えた漣さんの体をお湯で洗い流します。
「ふう、ありがとうございます。それじゃあこんどはフィリスさんの番ですよ」
「えっ?い、いいですよ」
「駄目です。フィリスさんだってわたしの体を洗ってくれたのですからお返しです」
「うう、いじわる」
そんなことを言いながら何故か背中を向けてしまうわたしでした。
なんだか以前にもこんなことがあったような気がします。
「じゃ、じゃあお願いします。……優しくしてくださいね」
「大丈夫ですよ……。傷つけたりしないから」
そんなことを耳元で囁かれて思わずドキッとしてしまった。
「あっ、くっ、くすぐったあ〜い……」
とても慣れた手つきで漣さんがわたしの体を洗っていきます。
漣さんの手が首筋から背中、そして胸元まで回されてきたのを感じてわたしは慌てた。
「あっダメッ!!」
「あっ……すみません。調子に乗りすぎたようですね」
そう言って漣さんは悲しそうに微笑んで手を放しました。
なんだろう?この胸の痛みは……わたしこの人に何か残酷なことをしている気がする。
わたしは受け取ったタオルで手早く洗っていきます。
「こちらこそごめんなさい。驚かせちゃったでしょ?」
「いえ、全てわたしが悪いのですから……もう諦めたはずなのに……」
漣さんはとても寂しそうでした。
その顔を見た途端また胸の奥がじりじりと痛み出しました。
「(やっぱりわたし、この人について何か大事なことを忘れてる)」
たぶんそれは忘れてはいけないこと。
「あのっ、わたし」
「さっ、体を冷やしてはいけないので入りましょう」
そう言って洗い終わったわたしの体にお湯をかけてくれた漣さんは何かを振り切るようにわたしを引っ張っていきました。
仕方なくわたしは大人しくお湯の中に浸かっていました。
「(絶対何かある。わたしが核心に触れようとすると話をそらす。彼がそれに触れることを拒否しているみたい。触れて欲しくないことなんだろうけど、ちゃんと聞いておかないといけない)」
わたしが物思いにふけっていると、ふいに白い物が浮き上がってきました。
「ん?なんだろう」
引き上げてみるとそれはぴくりとも動かないシャム猫でした。
「きゃああああ!?」
「おや?猫ですか」
混乱するわたしに対して漣さんはいたって冷静だった。
「大丈夫ですよ。ちゃんと息はありますから」
「でっ、でもどうしてこんな所に」
「おおかた温泉に入りに来てのぼせたんでしょう」
「温泉に入る猫なんているんですか?」
「ここにいるのだからいるんでしょうね。……ほら、起きなさい。起きないとまた沈めますよ」
何気に怖いことを言っています。
「ふにゃー!!」
あっ、起きたみたいです。
「さてまずはお名前を教えてください。えっ?……あはは、大丈夫ですよ沈めたりしませんから」
「にゃあ」
「しゃもんさんですね」
「にゃあにゃあ」
「ふむふむ……なるほど、ご主人様に置いていかれたんですね」
漣さんが猫さんとお話している。これも彼の能力なのだろうか……。
「にゃあ」
「えっ、ここにはよく来るから問題ない?そうですか。では気をつけてくださいね」
「にゃあ」
「えっ?違いますよ」
漣さんが何か慌てている。どうしたんだろう?
「にゃあ」
「そうですか。ではお気をつけて」
どうやら話は終わったようです。
「眠くなったから帰るそうです」
「そうなんですか。じゃあ、ばいばい猫さん」
「にゃあ」
猫さんは一鳴きして茂みの中へ消えていきました。気付けばもう夜が明けてきたよです。
「綺麗ですね」
「そうですね……」
「……漣さん。わたし話してくれるまで諦めませんよ」
「……フィリスさん。人間、知らないほうが幸せなことだってあるんですよ」
「それでもわたしは知りたいです。それはとても大事なことだと思うから」
「……いずれ、嫌でも思い出しますよ」
「……意地悪なんですね」
「嫌いになってもらえたほうが決別しやすいので。彼女達にも……あなたにも」
その時、初めて何か違うものを感じました。それはわたし個人に向けられた感情。
くすぐったいけど嬉しいような感じ。
――戦うために君は生まれたんじゃない――
誰かにそういわれた気がします。
するとふいにまたどこかの風景が見えてきました。そこは……。
「(静岡のセンターだ。懐かしいなあ……。そういえばあの頃時々センターに遊びに来てた男の子に遊んでもらってたっけ。それにあの時の言葉、嬉しかったなあ……。あれ?そう言えば漣さんとあの男の子、似てる……。もしかして)」
漣さんはずっと封印されていたのだからそんなことはないはずなのに、それでも……。
「漣さん、静岡に行ったことありますか?」
その問いに漣さんの瞳がほんのわずかに揺れたのをわたしは見逃さなかった。
「……あまり地名には詳しくないのですが、フィリスさんとお会いするのは今日が始めてですよ」
「……?」
わたしの名前は出さなかったのに、わたしと結び付けている。やっぱりそうなんだ。
あの時の男の子は漣さんだったんだ。
もう会えないと思ってた。初恋は実らないものなのだと諦めていた。だけどまた会えた。
「(これって運命って呼んで……いいのかな?)」
だとすればこの気持ちはわたしのもの。わたしに纏わり付く何かのものじゃない。
あの時の約束をわたしは今でも信じてるから。
自分の気持ちに確信が持てた今、ここで引くわけにはいかない。
「……精神具現能力」
「……!?」
今度はかなり揺れたようです。でもまだまだ。
「自然に囲まれた真っ白な建物。生きることに戸惑っていた小さな女の子」
「……」
「戦うために君は生まれたんじゃない……。そう言ってくれたのはどこの誰でしたっけ?」
「……っ!!」
今度こそはっきりと漣さんは愕然としていました。
「ぼくが幸せにする。もう痛い思いも悲しい思いもさせない。ぼくが守ってあげる、今はこんな姿だけど本当はすっごく強いんだよ。ぼく達が大人になったら結婚しようって……」
それは他愛もない子供同士の約束。だけどあの時からわたしの想いは変わらない。
わたしは想いよ届けと祈りながら漣さんに話し続けました。
「……どうしてあんな約束をしてしまったのでしょうね。……もう犠牲はいらないのに」
ずっと黙っていた漣さん。だけど、最後にはため息を吐いて空を見上げました。
「あれからわたしはずっと一人で考えていました。どうしてあの時精神具現化をしてしまったのか……」
「じゃあやっぱり……」
「……結局、わたしは求めてしまったのですね。ですがわたしはあなたが彼女の生まれ変わりだから好きになったんじゃありません」
「えっ?」
胸の高鳴りが一際大きく聞こえた気がします。
「確かにわたしは彼女の面影を追いかけていたのかもしれない。けれど、あの頃のことはすべてわたしの本心です。いつか、幸福な世界にあなたを連れて行きたいと思っていた。これからはそのために頑張ろうと決意もしていました。しかし……」
「どうして、過去形なんですか?」
「わたしにはもうあまり力がありません。例え世界を変えられたとしても、きっとそこまででしょう。その後にあなた一人を残していくくらいなら、わたしは……」
「それでもわたしはあなたの傍にいたいです。あなたの優しさを、温もりを笑顔を支えたい。あなたの帰る場所をわたしの隣にしてください。わたしは今あなたが好きなんです」
わたしはとにかく必死になって想いを伝えようとしました。
この人はこれ以上一人でいてはいけない。
傷つくことに慣れてしまうと安らぎを忘れてしまうから。
そんなことには絶対になって欲しくなかった。ずっと笑っていて欲しい。
わたしが始めて心から好きになった人だから。わたしの本物の気持ちだから。
「……それがあなたの本当なのですね」
「力が足りないというのなら、わたしも手を貸します。生命の危険を伴うというのなら、二人で他の方法を探しましょう。わたしはあなたのためならそれくらい何でもありません」
「フィリスさん……」
漣さんの目から一筋の涙が零れて頬を伝った。
「結局、わたしは何に囚われていたのでしょうね」
「きっと不安だったのよ。拒まれるかもって思うと人はどうしても臆病になっちゃうもの」
「わたしは龍ですよ?」
「同じですよ。ただ少し器が違うだけ。わたしもあなたも心は同じ“人”なんです」
そう言って微笑むわたしを漣さんは眩しそうに目を細めて見つめていた。
「そろそろ上がりませんか?あまり長居しているとリスティさんに見つかりますよ」
「それは嫌」
リスティにこんなところ見つかったら何いわれるか解かるから尚更いやなのだ。
「それじゃあ、あがりましょう」
そう言ってわたしの手を自然に握ってくれる漣さんが嬉しかった。
「わたし達……恋人同士でいいんですよね?」
「フィリスさんが嫌でなければ」
「そんなことない。うれしいです。あっ、それとせっかくだからお互い肩の力を抜きません?ずっと猫かぶってたでしょ」
「あはは、さすがにばれてましたか。それではそうしましょう、じゃなくてそうしよう。では改めてよろしくお願いします、フィリス」
「うん♪」
なんだかあの頃に戻ったみたいです。
悪戯好きでなんでも背負い込んでしまう。危なげだけど頼りになるあの頃の姿に。
願わくば、この幸せが永遠に続きますように……。
あとがき
こんにちは堀江紀衣です。
このお話は本来、1話で終わるはずだったのですが、気がつけば2話に……(実は幻の中編があったのですが、某編集者にいろいろつっこまれ2話に納まりました)。
とまあこんな感じで凄まじい勢いで増えていきました。お気に入りのフィリスをレギュラーキャラにしたくて書いたのですが、まさかここまで増えるとは思いませんでした。……恐ろしい。
麗奈「前置きはもういいからさっさといくわよ」
紀衣「えっ?」
紀衣、舞台裏えと連れて行かれる。
麗奈「それではただいまより、第3回堀江紀衣着せ替えショーを行います」
佐祐理「ぱちぱちぱち」
麗奈「さて今回は、なんと巫女さんの最大のライバル、悪霊を拳銃で撃つのは邪道だと非難されても健気に頑張るシスターです」
紀衣「迷える子羊達をこの手で救います。あなたの思いを聞かせてください。わたしはいつもあなたの味方です」
麗奈「拳銃だから邪道になるのよね」
???「誰が邪道よっ!こちとら命かかってるんだからしょうがないじゃない」
???「ロゼット、落ち着いて」
???「クロノ、あんたは黙ってなさい。だいたいあんな奴等にいいように言われて悔しくないの?」
???「それはそうだけど。だからって暴力に走っちゃ駄目だよ」
麗奈「んっ?何か騒がしいわね。追い払うの面倒だからこれでも投げとこ」
麗奈、何やら怪しげな壷を声がしたほうへ投げる。
???「きゃー、なっ、なにか飛んできます」
???「なっ、何よあれ?」
???「僕に聞かないでよ。というか、逃げようよ。なんだかよく解からないけどすごく嫌な予感がするよ」
???「なにいってんのよ!こんなの今まで一杯相手にしてきたじゃない」
???「だけど今までとは違う気がする」
???「2人とも喧嘩してないで前見てっ!」
???「えっ?」
謎の3人衆、謎のモヤに撃退される。
麗奈「あっ、静かになった。それじゃあ次回もお楽しみに」
今回は、フィリスのお話だったね。
美姫 「過去の約束と再会」
それと、垣間見る遥か昔の物語。
美姫 「一体、どんな展開が待っているのか。
次回も非常に楽しみだ。
美姫 「本当に次回も気になるわね〜」
そして、後書きのコスプレも楽しみだな。
美姫 「ええ、次は一体、どんな衣装が見れるのかしら」
こちらも楽しみに次回を待ってます。
美姫 「それじゃ〜ね〜」