第1話 安らかな日々

    *

 半年間かけて行われたチャリティコンサートも終わり、フィアッセは休暇を海鳴で過ごすための準備を着々と進めていた。

「半年振りの日本、皆元気にしてるかな」

 日本にいる恋人とその人の優しい家族たち。

いつも賑やかで暖かい場所。思い起こせば優しい気持ちになれる場所。

フィアッセはそんな所が大好きだった。

旅行カバンに荷物をつめながら、皆のことを考えていると、紅茶のポットとクッキーを持ってティオレがやってきた。

「日本に行くのは来週だっていうのに、気が早いのね」

「あっ、ママ。えへへ……だってほんとに楽しみなんだもん」

「そう。私は仕事があるから一緒にはいけないけど、しっかり楽しんでくるのよ」

「うん」

「それはそうと、さっきゆうひからクッキーのおすそ分けをもらったんだけど一緒にお茶でもどう?」

「ほんと?じゃあ、そうさせてもらおうかな。どうせならテラスでどうかな?ちょうど今日はいい天気だし」

「いいわね。それじゃあそうしましょう」

「わかった。それじゃあすぐに片付けちゃうね」

 そう言うと、フィアッセはベッドの上にだしていた洋服類をいったんクローゼットにしまい始めた。足りないものは明日にでも買いに行こう。

 ほどなくして片付けは終わった。

「それじゃあ、いこう」

 こうして二人はテラスでお茶を楽しんでいた。

「そういえば、明日からアイリーンのお友達がくるのよね?」

「うん、祐介と美優希。わたしも何度か会ったことがあるんだけど、二人ともいい子だよ。確か明日から来週の頭までこっちにいるつもりらしいよ」

「珍しくアイリーンが部屋の掃除をしてたわ」

「あはは、人が来るからね。さすがにみっともないところは見せられないよ」

「そういえば、宿はどうするのかしら?あてがなければここに泊まってもらっても構わないんだけど」

「きっと、喜ぶよふたりとも。……!?

―――ららら……らら…らららら……―――

 その時、ふいにうたが聞こえた。

 それはどこまでも澄みきった、だけどとても悲しい響きがするうただった。

「……きれいなのに、悲しい……」

「どうしたの?フィアッセ」

 ティオレの怪訝な声で我に返った。うたはもう聞こえない。

「うたが……聞こえたの」

「私には聞こえなかったけど、どんなうただったの?」

 ティオレには聞こえていなかったようだが、それを疑わず優しく尋ねてくれる。

「すごくきれいなうたなんだけど、悲しいかんじのするうただったの。昔のわたしにちょっとだけ似てるかな。それでもすごくあったかい」

「そう、私も聞きたかったわ。そうだフィアッセさっきのうた、覚えてる?」

「えっと、うん。なんとか覚えてる」

「だったら、歌ってみて。聞いてるから」

「わかった」

 そう言ってフィアッセは席を立ち、深呼吸をして歌い始めた。

「ららら……らら…らららら……」

―――ららら…らら…らららら……―――

 その時、またどこからともなく、うたが聞こえてきた。

 フィアッセはそれに合わせるように歌う。

 ティオレはそのうたを眼を閉じて静かに聞いていた。

    *

「アイリーンさん、遅いなあ。何かあったのかな?」

 ここはイギリス、ロンドンの空港。俺達は迎えにくるはずの友人であり、“クリステラソングスクール”の卒業生であるアイリーン・ノアさんを待っていた。

 約束の時間はもうとっくに過ぎている。

「電話、してみよっか」

 美優希が時計を見ながらケータイを取り出そうとしていると、こっちに向かって大慌てで走ってくる女性が見えた。

 アイリーンさんである。

「ごめーん。寝坊しちゃったよ。何かおごるから許して」

「あはは、アイリーンさんらしいですね。いいですよ、それにコンサートあけなのに呼んでくれたんですから」

 手を合わせて謝るアイリーンさんに美優希は苦笑する。

「それはいいんだよ。アタシ、ゆうひほどじゃないけど、騒ぐの好きだから。……ところで、二人の間にいるちびっ子は誰かな〜」

 触りたくて仕方がないらしい。手が怪しげに蠢いている。

「お兄ちゃん、この人麗奈さんみたいで怖い」

 そう言って俺の背中に隠れてしまった。

「あっ、あはは。大丈夫だよ。アイリーンさんは、あの人みたいなことはしないから」

「ほんと?変なもの飲ませたりしない?」

「しない、しない。ただ可愛くて小さい女の子に眼がないだけだよ」

 それはそれで充分、危ないのだが。

 それを聞いてリーアはアイリーンさんをじーっと見つめる。

「ほんとだよ。ていうか、こんな可愛い娘になんてことするのよ。その麗奈ってやつ」

 憤慨するアイリーンさんに安心したのか、そっと遠慮がちに抱きついて笑った。

「はじめまして、リーアっていいます。よろしくお願いします」

 アイリーンさんは一瞬何をされたのか解からずきょとんとしていたが、すぐに歓声を上げて抱き返した。

「アタシ、アイリーン・ノアっていうの。よろしくリーア、アタシのことはアイリーンでいいからね。それにしてもやっぱたまんないわね。この感触、う〜ん。かわいい〜♪」

 アイリーンさんは感極まって、リーアに頬擦りをしている。

 リーアはくすぐったそうだが別段いやそうじゃない。むしろ嬉しそうだ。

「こういうのは初めてだけど、嫌いじゃない。嬉しい、ありがとうアイリーン」

 リーアが俺と美優希以外の人に初めて懐いた。

 それはリーアが心を許した証拠だった。

 それを微笑ましく見ながら俺はわざとらしく咳払いをする。

「あー、そろそろ動きたいのですが。いいですか?」

「あっ、そうだった。ごめんごめん」

 そう言って二人はお互い、名残惜しそうに離れた。

 その代わり、こんどは手を繋いでいる。すっかり打ち解けてしまったようだ。

「ところで、もう泊まる場所とか決めてるの?」

「いえ、まだですけど」

「だったらさ、スクールに泊まっていきなよ。校長先生に話したらOKくれたからさ」

「いいんですか?」

「いいのいいの。それにせっかく来てくれたんだから、沢山思い出作ってもらいたいからね」

「それじゃあ、お言葉に甘えさせていただきます」

「よっしゃ、そうこなくっちゃ。それじゃあ、行きましょ」

 こうして俺達は“クリステラソングスクール”へと向かった。

    *

 わたしの声が届いた。

 どうして届いたのか、解からなかったけど。

一緒にうたを歌ってくれた。

 なんだか胸の中が温かくなるのは、何故だろう?

 こんなことは、初めて。

 またわたしの声が届くかな?

 一緒に歌ってくれるかな?

 だけどまたあの気持ちが湧いてくる。

 風のような、冷たい感じ……。

 一緒に歌っていたときは、感じなかったのに。

 また一緒に歌えばこの気持ちも消えるのかな?

 だったら願おう。

 わたしの声が、うたが届くように。

 あの人に、お日様の匂いがするあの人に。

    *

 アイリーンさんに連れられて俺達は“クリステラソングスクール”にやってきた。

「…………」

 敷地をまたいだ途端、それはやって来た。

 今まで、ずっと感じられなかった。柱の波動。

 それに集中してみると他にも力の流れを感じた。

 これは人の思念?いやもっと純粋な力。

 うたへの情熱、憧れ、希望、尊敬。

 そういった、混ざりけのない強い力。

 それがこのスクールに向かって集中しているのだ。

 そうか、この力に惹かれたのか。

 しかし、今まで感じられなかったのは何故だ?

「どうしたの?三人とも」

 三人して同じ表情をしていたらしく、アイリーンさんが怪訝そうに尋ねる。

「あっ、いえ。なんでもありません」

「そう?まっ、いいけど」

 そう言ってアイリーンさんは再び歩き出した。

 三人そろって、そっとため息を吐いた。

「(とりあえず、ここでは柱のことは忘れよう。先輩には後で俺のほうから報告しておくから)」

「(解かったわ)」

 俺達は中庭の辺りまでやってくると、うたを歌っているフィアッセさんが見えた。

 傍らで聞いている壮年の女性は世紀の歌姫ティオレ・クリステラ、フィアッセさんの母親だ。

「あはは、フィアッセったらまた歌ってるよ。おーい、フィアッセー♪」

 アイリーンさんは苦笑していたが、俺達はそれどころではなかった。

「こっ、このうたは……!?

「……“調律の詩”」

 美優希が呆然と呟いた。

「だけど、あのうたは確か……」

 アイリーンさんの声に気付いたらしく、フィアッセさんは歌うのをやめて嬉しそうに手を振ってきた。

「祐介―、美優希―。久しぶり♪

 フィアッセさんがうたを歌うのを止めた途端に、波動は消えた。

「(彼女に、何か関係しているのか?)」

 とりあえず、考えるのをやめて挨拶をする。

「お久しぶりです。フィアッセさん」

「うん、こうして直接会うのは、ずいぶんと久しぶりだね。こっちにはしばらくいるんだよね?ゆっくりしてってね。あっ、そうだ。紹介しておくね。わたしのママ」

 一人つまらなそうにしていたティオレさんを見かねてフィアッセが紹介をする。

 するとティオレさんは嬉しそうに笑った。

「はじめまして。ここの校長をしている、ティオレ・クリステラです。アイリーンから話は聞いているから、空いてる部屋、自由に使ってね」

「はじめまして、高橋祐介です。お心遣いありがとうございます」

「いいのよ、それにうちの娘たちは賑やかなのが好きだから。仲良くなって、沢山思い出を作っていくといいわ」

「はじめまして、斉藤美優希です」

「はじめまして、あなたはすごくまっすぐな眼をしてるのね。私の知っている“美由希”もそうなのよ」

「ありがとうございます」

 それぞれに挨拶をしていく。そんな中、リーアはすこし身を固くしていた。

「……はじめまして、リーアです」

 あっ、そうか。リーアには苗字をつけてやらなかったっけ。

 しかし、ティオレさんはそれを気にしたふうもなく、リーアと同じ視線まで屈んで優しく笑った。

「はじめまして。遠いところからよく来たわね」

 そう言って、頭を撫でてやる。

 リーアは眼を細めて眩しそうに、見上げていた。

「校長センセ。この娘、アタシの新しい友達なんだ」

「あら、そうなの?」

「それに“シェリー”とは違って、こんなふうに抱きついても嫌がられないもん」

 そう言って、アイリーンさんはリーアにぎゅうって抱きついている。

「アイリーンさんに、どうも気に入られちゃったみたいです」

「仲良しなのは、いいことだよ」

 フィアッセさんはそれを微笑みながら見ていた。

「あっ、そうだ。荷物持ちっぱなしじゃ疲れるでしょ?アタシが案内するよ。その後、買い物しに行こう」

 俺と美優希は目配せして、頷いた。

「あっ、それじゃあお願いします」

「俺のも任せていいか?」

「いいわよ。それじゃあ、リーアも行きましょう」

「うん」

「買い物だったら、わたしも一緒していいかな?車だすから」

「サンキュ。助かるよ。それじゃ、二名様語あんな〜い♪」

 そう言って、アイリーンさんは二人を連れてスクールの中に入っていった。

「ところで、さっきフィアッセさんが歌っていたうたなんですけど、あれってなんてうたなんですか?」

「実はわたしも知らないの。テラスでママとお茶してたら、突然聞こえてきたの」

「私には聞こえなかったのだけどね。それじゃあ、そろそろ私は仕事に戻るから、イリアに話は通してあるから、ゆっくりしてってね」

「はい。ありがとうございます」

「ママ、お仕事がんばってね」

 そう言ってティオレさんは席を外した。

 しばらくしてから、俺は思い切って口を開いた。

「あの、よかったらもう一度歌ってくれませんか?」

「いいけど、どうしたの?」

 真剣な顔をしていた俺に、フィアッセさんは不思議そうに小首をかしげる。

「まあ、いいか。それじゃあ歌うよ」

 そう言って、フィアッセさんは深呼吸をして歌い始めた。

「ららら……らら…らららら……♪」

「……!」

 その時、どこからともなくうたが聞こえてきた。

「(やはり、これは“調律の詩”だ。これを歌えるのはあいつだけだ。いったいどうなってるんだ?)」

 考え事をしていると、突然空間が歪んだ。しかもフィアッセさんが歌いだした途端に。

「……な…に……!?

 思わず口に出してしまった。

 歪んだ空間から、今までに感じたことのない、凄まじい強さの柱の波動が感じられたのだ。

 しかもその波動は、歪みからフィアッセさんに向かって流れ込んでいる。

「そうか……そういうことだったのか。だけどそうなると、厄介なことになりそうだ。早いとこ連絡しといたほうが、良さそうだ」

 柱は確かに、時空の狭間にあった。

 何故そんなところに流されたかは、まだ解からないがこのスクールに集まっている力に、引き付けられたのは間違いないだろう。

 そして、調律の詩がフィアッセさんにだけ聞こえた。あいつがそれを望んだのか?

 だとすると、封印が解けかかっているのか。

 それはまずいぞ。下手をすれば自滅しかねない。一番手っ取り早いのはもう一度“封印の儀”を行えばすむのだが、果たしてそれでいいのだろうか?

 彼女の心に変化など今までに、なかったことだ。それに今は安定している。

 それに今更どうこうする資格なんて、俺たちにはないのかもしれない。

 結局、見守るしかないのだ。

「どうしたの?祐介」

 ふと気付くと心配そうにフィアッセさんが覗き込んでいた。うたも、もう終わっている。

「あっ、すみません。ちょっと考え事をしていたので」

「悩み事?わたしなんかでよかったら、話くらいはきくよ?」

 本当に心配そうにしているフィアッセさんを見て、俺はあることに気がついた。

 このスクールに集まっている力とは異なるものをフィアッセさんから感じたのだ。

 それはまるで、お日様のような、ぽかぽかとした暖かいもの。

たとえるなら、無限の愛情。それは彼女を中心に大きな輪ができていた。

 それは世界中に広がって、いろんなところで繋がっている。

 そしてその先にも、また別の力を感じる。

「そうか。あいつはこの力に惹かれたんだ」

「あいつ?」

「あー、すみません。こっちの……いや、あなたのことを必要とする、近くにいて遠い場所にいる、古い知り合いとでも言っておきましょう。すみませんが、今はそれ以上は言えません。時が来たら、話します。いつか必ず出会うから」

 それを聞いて、フィアッセは優しく笑った。

「それじゃあ、もうこのお話は聞かない。だけど約束だよ?」

「はい、ありがとうございます。それからこの話は他の人には」

「うん。内緒にしておくね」

 フィアッセさんは笑って頷いてくれた。

 彼女はこういう人だ。だからあいつも惹かれたんだろうな。

「おーい、フィアッセー、祐介―。お待たせ。何話してたの?」

「んー、いろいろ。アイリーンがコンサートのとき、ドレスを着るのを嫌がって大変だったって話―」

「うわー、人になんて話してるんだよ」

 アイリーンさんはその時のことを思い出したのか、心底いやそうな顔をする。

「まあ、それはおいといて。でかけよ」

「今からだと、ちょうどお昼くらいになりそうだから、先にお昼にする?」

「そうだね。うん、それじゃあさ、あそこにしようよ。パスタの美味しいとこ」

「他の子たちもそれでいい?」

「はい」

「それじゃあ、しゅっぱーつ」

 そう言って、無邪気にアイリーンさんが拳を突き上げた。

    *

 俺達は軽くお昼を済ませて、とあるデパートに買い物にきていた。

 美優希はさっそく先輩に頼まれていた、紅茶の葉を買っていた。

「その紅茶、美味しいよね。わたしもよく飲むんだよ」

「あ、そうなんですか。アタリは引くなって言われたんですけど」

「あー、あれね。確かにあれはアタリだわ」

 ふとアイリーンさんが遠い眼をする。

「あはは、あれはすごかったね」

 フィアッセさんも思い出して苦笑する。

「最初はね、ママが買ってきたんだけど、明けてみたら一緒にジャムのビンが入ってたの。試しに入れてのんだら、もう大変。皆ばたばた倒れていっちゃうんだもん。わたしもあの時は士郎が眼の前に立ってて、びっくりしちゃったよ」

 俺たちが士郎という名の人物が、すでに亡き人であるというのを知るのは、もう少し後のことだった。

「さて、次はどこに行こうか?」

「あー、アイリーンにフィアッセー♪」

「この声はゆうひ?」

 俺達が次はどこへ行こうかと考えていると、背中から声をかけられた。

「よかったー。知り合いにあえて、もう皆とは会えへん思うてもうたで〜」

「もう、ゆうひったら。おおげさなんだから」

「でも、あんたならあり得るから怖いわ」

 二人は苦笑している。

 この人はたしか、椎名ゆうひさん。

 かなり前にアイリーンさんと一緒に北海道に遊びに行ったとき、偶然迷子になっていた、ゆうひさんと出会ったのがきっかけだった。

 それ以来、たびたび迷子のゆうひさんと遭遇することがあったので、いつの間にか打ち解けてしまっていた。

 スクールの卒業生で唯一の日本人。英語はできないのに、人気者だったという変わった人だ。フレンドリーな人で、親しみやすくはあるのだが。

 この人も、フィアッセさんに繋がっている人の一人だ。

「祐介君と美優希ちゃんも、久しぶりやなー。元気にしとった?」

「はい、お久しぶりです。ゆうひさんも相変わらずでなによりです」

「ところでゆうひ、今日はどうしたの?もしかしてまた迷子になった」

「うちとて、そうさいさい迷子になるかー!と言いたいところやけど……当たりや」

「やっぱり……あんた、ついこの間迷子になったばっかでしょ」

 フィアッセさんが冗談で言ったことが当たってしまった。

 フィアッセさんは苦笑して、アイリーンさんは頭をおさえている。

「ホントは、知佳ちゃんと一緒にお買い物にきてたんやけど、ちょーっと気い抜いたらはぐれてもうた」

「知佳も来てるんだ」

 フィアッセさんがぱっと明るくなる。

「シェリーは来てないの?」

 こんどはアイリーンさんが眼を輝かす。

「ああ、シェリーは日本で姉妹そろって温泉旅行やって」

「ちぇっ、つまんないの。でも今日はリーアとずっと一緒だから、いいや」

「そういえば、そこのちびちゃんは誰?」

「アタシの友達で、リーアっていうの」

「はじめまして、リーアです」

「うち、椎名ゆうひいいます。よろしゅうに」

 二人が握手しているところに、フィアッセさんがぽつりと呟いた。

「そういえば、知佳もゆうひもケータイ持ってたよね。それで連絡取れば合流できるんじゃないかな?」

「あっ、そういえば……」

    *

「もー、心配したんだからね。ケータイ鳴らしても出ないし」

「ご、ごめ〜ん。知佳ちゃん」

 フィアッセさんの呟きにより、ようやくケータイの存在を思い出して今に至る。

「同じフロアでよくはぐれられるわね。ここまでくると一種の才能よ」

 横でアイリーンさんがため息を吐いている。

 実は二人とも同じフロアにいたりする。ついでに言うならそんなに離れていない。

「とにかく、無事でよかった。フィアッセ達と合流したんだよね?今そっちに行くから待ってて」

「了解や」

「それじゃあ、切るね」

「うん、待っとるで」

 そう言ってゆうひさんは電話を切った。

「いやー、助かったで。おーきにな」

「あはは、まあ連絡とれてよかったじゃない」

「ケータイの威厳が崩れ去った、瞬間だな」

「そ、そうね」

 俺と美優希はぼそっと呟いた。

「いややー。祐介君も美優希ちゃんも、そないなこといわんといてーな」

「でも事実でしょ?」

「うう……リーアちゃん、この人らうちをいじめる〜」

 ついにゆうひさんが、リーアに泣きつき始めた。

「でも人に迷惑かけるのは、よくないことだと思います」

 あっさりと、切り捨てられた。

「がーん」

「泣きつく相手を間違えたんじゃないですか?ここはフィアッセさんが適当かと」

 いちおうフォローもしておく。なんのフォローなのか解からないが。

「あかん、あかん。フィアッセは一見許してくれそうで、許してくれへんもん。しかも最近へんなジャムまで装備して。あん時は酷い仕打ちやったでー」

「ゆうひが悪いんだよ。悪ノリしすぎるから」

「それにしたって、あれは勘弁や。だって、食べた途端、なんや急に意識がとおなって気付けば、小さいころ可愛がってもろたばーちゃんが、眼の前でわろとんやで。堪らんやろ」

「ははは、いったいどんなジャムですか?」

 そんなふうに笑いあっていると、フロア内に突然銃声が鳴った。

 デパート内は一瞬にして静まり返った。

 




 あとがき

 

 こんにちは堀江紀衣です。

今回は騒ぎの発端と新キャラの顔見せらしきものと皆さんの休暇についてです。

祐介「今回は長旅になりそうだ」

美優希「でも楽しくなりそうじゃない?」

リーア「わたしは楽しい。アイリーン、好き」

祐介「そうだな。リーアにとってはいい旅行になりそうだな」

リーア「うん」

紀衣「そんなわけで、今回のゲストはアイリーン・ノアさんです」

アイリーン「どうも、はじめましてー」

紀衣「今回から本格的にとらハキャラが参戦してきます。そして迷子のゆうひさんも活躍します」

アイリーン「ところで、紀衣さんがネコ耳メイドって話、ホント?」

紀衣「なっ、何故そのことを」

アイリーン「ここに来る途中で、シルフィスって人が教えてくれたけど」

紀衣「あっ、あの人は」

アイリーン「でっ、どうなの?」

紀衣「……ありますよ。ちなみにメイドっていうのは、わたし認めてませんからね。だい

たいわたしは、もともとお………あー!思い出した。危うく忘れるところだった」

アイリーン「なによ、いきなり。ていうか思い出した時点で忘れてたんじゃないの?」

紀衣「早くもとに戻してもらわないと。てっ、祐介さんも美優希さんもいつの間にかいなくなってるし」

死神「あのー、慌ててるところ申し訳ないのですが」

紀衣「わっ、あなたはいつぞやの死神さん。だけど今は、あなたに構っているひまはないのです。祐介さんたちに早くもとの、体に戻してもらわないと」

死神「そのことなんですが……残念ながら、もう無理です。霊体がその肉体に定着しちゃってます」

紀衣「……えっ?ということは、もう戻れない?」

死神「はい……」

紀衣「がーん」

 紀衣、ショックのあまり崩れ去る。

紀衣「もっ、燃え尽きた………真っ白に」

アイリーン「まっ、まあ。事情はよく解からないけど、元気だしなよ。ね?」

 

 

 

 

 




流石、アイリーン。
美姫 「え、何が?」
ネコ耳メイドのネコがカタカナ!
美姫 「また、それか!」
ぐげっ! ぐがっ! ちょ、やめ……。
美姫 「全く、もう。さて、最後の最後で、事件らしきものが起こりそうな展開」
う、うぅぅ。じ、次回がとても気になるよな……。
美姫 「うんうん。それじゃあ、次回を楽しみに待とうね♪」
あ、ああ。それまでに、俺の命が燃え尽きなければ、な。
美姫 「一層の事、止めをさして、復活させる方が早いかもね」
な、何故、そんな楽しそうに……。



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