不可思議戦士エンジェルちーちゃん

 第4話 二人の想いとお米券

    *

「お、お姉ちゃん。……どうしてこんな所にいるの?」

 眼の前に立っていたのは、今会いたくない人No.1の仁村真雪、つまり自分の姉である。他にも見慣れないツインテールの少女と……。

「こんにちは、知佳さん。ぺこり」

「美凪ちゃん……」

 わたしは咄嗟にリルちゃんを後ろに隠す。リルちゃんも不安げに美凪ちゃんを見つめている。

「なんだおまえら、知り合いだったのか?」

「う、うん、まあ……」

「最近知り合ったばかりですけど」

 歯切れの悪いわたしの返事に対して、美凪ちゃんは平然としていた。

「ふ〜ん、まあいっか。ところで知佳、そこのちびっこはどこから拾ってきたんだ?」

「拾ったって……」

 わたしは顔を引きつらせながら内心ほっとしていた。

 たぶん、関係ない人は巻き込みたくないんだろうな。わたしもそれは同感だし、助かったよ。

「そういうお姉ちゃんだって、うちに女の子二人も連れ込んで何する気なの?」

「まあ、いろいろとな。……こう、人には言えないあんなことやこんなことまで……」

 ずざざーっ。

 そんな不穏なお姉ちゃんの発言に、ツインテールの少女が美凪ちゃんの手を掴んで避難した。

 とても共感できる反応だった。

「おい、お前らなんであたしから逃げるんだ?」

「身の危険を感じたので」

「なんだか分かりませんけどとりあえず右へならえです」

「遠野を巻き込むなよ」

「あなたのそばに置いておくほうがぴんちなので」

「うんうん。そうなんだよね。うちのお姉ちゃん、手が早いから」

「おい、知佳。おまえまで」

「事実でしょ。大体、お姉ちゃんわたしにもあんなことやこんなことしてるくせに」

「そんな、まさかとは思ってましたが、実の姉妹でそんなこと」

「びっくり」

「ああ、もう何度辱められたことか」

「心中お察しします」

 そう言ってツインテールの少女はわたしの肩にぽんと手を置いた。

「ありがとう。なんだかあなたとは仲良くなれそうだよ」

「奇遇ですね。わたしもそう思います」

「こら、そこ。何人を無視して和んでやがる。っていうか、あたしを何だと思ってるんだ」

「そうだ、自己紹介まだでしたね。わたしはホシノ・ルリです。以後、お見知りおきを」

「仁村知佳です。おちらこそ」

「わたしのことは呼び捨てにしてもらってかまいませんよ。知佳さんのほうが年上でしょうし」

「そうだね。それじゃああらためてよろしくねルリちゃん」

「はい」

「だぁ〜、だからあたしを無視すんなっての!」

「わたしは妹として姉の素行を把握しておく必要があるの」

「さすがは実の妹。言うことははっきり言いますね」

「あたしの華々しい大学ライフをおまえが知ったところでどうにかできるとは思わんがな。それとホシノ、感心するんじゃない。このうるさい妹のせいであたしはどんだけ肩身の狭い思いをしていることか」

「何大嘘ついてるのっ!十分やりたい放題やってるじゃないの。今朝だって薫さんにイタズラしてたでしょ」

「あんなのイタズラのうちに入らねえよ。スキンシップだ。おまえだってあれくらい佐伯の譲ちゃんにされてるだろ?」

「うっ……それはそうだけど、でも理恵ちゃんとお姉ちゃんじゃやり方が全然ちがうでしょ。お姉ちゃんは下心ありまくりなんだから」

「佐伯嬢だってかわりゃしないだろ」

「理恵ちゃんはわたしだけだからいいの。お姉ちゃんは不特定多数じゃない」

「一人も二人も同じさ」

「お二人を見ていると飽きずにすみます」

「二人とも仲がいいのですね。にこにこ」

「あっ」

「うっ」

 お姉ちゃんと言い合っているとルリちゃんと美凪ちゃんがぽつりと呟いた。

 ルリちゃんはあまり表情を表に出さないタイプなのか、それでも眼が笑っていた。

「知佳、おまえのせいで二人に笑われたじゃねえか」

「もとはと言えばお姉ちゃんのセクハラ発言のせいでしょ」

「あたしは嘘は言ってないぞ」

「うわっ、ほんとにしてるんだ」

「悪いか?」

「しかも開き直ってるし」

「いつもああなんでしょうか?」

「きっとそうなんでしょうね。……?」

「どうかしましたか美凪さん……あっ」

 わたしがお姉ちゃんと言い合っている間に、リルちゃんが美凪ちゃんの服の裾を引っ張っていた。

「……」

 リルちゃんは美凪ちゃんの眼をじーっと見つめていた。

 美凪ちゃんはそれににっこりと笑って答えた。

「この間はごめんなさい。でも、わたしにとっては大切なことだから」

「うん」

「良い子ですね。そんなあなたをまた悲しませてしまうのは正直、忍びないです」

「おねえちゃん……」

「だから、少し方法を変えることにします。あなたとは出来れば仲良くなりたいですから」

 そう言って美凪ちゃんはポケットから茶封筒を取り出すと、リルちゃんに差し出した。

「お友達になりま賞、進呈」

 リルちゃんはしばらくそれを見ていたけど、やがてにこっと笑って美凪ちゃんに抱きついた。

 抱きつかれた美凪ちゃんは一瞬悲しそうな顔をして、すぐに笑顔でリルちゃんを抱き返した。

「事情は知りませんがよかったですね美凪さん」

「はい、ありがとうございます」

 ルリちゃんは眼を細めて笑った。

「あなたはだーれ?わたしはリル」

 リルちゃんは美凪ちゃんに抱かれながら今度はルリちゃんに眼を向けた。

「わたしはホシノ・ルリです。年も近そうですし気軽に呼んでください」

「そうなんだ。よろしくねルリ」

 そう言ってリルちゃんは腕を伸ばすと、ルリちゃんにも抱きついた。

「なんだかこんなにもまっすぐに気持ちを表現されると照れてしまいますね」

 ルリちゃんが少し困ったような嬉しいような顔をしてそう言った。

 リルちゃんは気持ちをまっすぐに伝える。

 おそらくわたし達じゃできないようなことを平気でできてしまう、とても素敵な子なのだ。

 そんな光景を見ていて微笑ましかった。

「な〜に、にやついてんだ?」

 いつの間にか後ろに回っていたお姉ちゃんに頬を突付かれた。

「うっ、……い、いいじゃない。リルちゃん可愛いんだから」

「ほほぅ、思わずあんなことやこんなことをしたくなるほどに?」

「お、お姉ちゃん!」

「はっはっは、図星か〜。てーことはおまえもあたしのことは言えないってことだな」

「ううう、反論できないのが悔しい……」

「そうかそうか、ついにおまえも目覚めたか」

 愉快そうに笑うお姉ちゃんが不意に真剣な顔になって他の三人には聞こえないように囁いた。

「……あとでちゃんと説明しろよ」

「……うん、解かってる。皆が帰ってきたらちゃんと話すよ」

「……そっか、ならいい。でもあたし等は普通じゃないことには慣れてるからもしそうだったとしてもそうそう驚きやしないからな」

「あはは、でもきっと聞いたら驚くと思うよ」

「それなら楽しみにしておくよ」

 そう言ってお姉ちゃんはわたしの頭をくしゃくしゃと撫でて、美凪ちゃん達のほうへと歩いていった。

 そういえばリルちゃん美凪ちゃんに懐いてたけど大丈夫なのかな?

 わたしは一抹の不安を抱えながらお姉ちゃんの後についていった。

 リルちゃんはルリちゃんと美凪ちゃんの腕に抱きついて嬉しそうに笑っていた。

 ルリちゃんと美凪ちゃんは照れくさそうに微笑んでいた。

 確かに今の美凪ちゃんからはさっきみたいな気配は感じられない。

 おそらくあれが彼女の本来の姿なのだろう。

 そういえばムーンさんはどうなったんだろう。さっきリルちゃんの中に隠れてたけど。

 わたしに気づいたリルちゃんは二人の手をぱっと離してわたしのほうに駆け寄ってきた。

 あっ二人とも残念そうな顔してる。

「お姉ちゃんお姉ちゃん、美凪お姉ちゃんが優しいでいっぱいだったよ」

「そっか……。よかったね」

「うん♪」

 わたしはリルちゃんの頭を撫でてから美凪ちゃんに歩み寄った。

「美凪ちゃんはやっぱりそっちのほうが絶対いいと思う。でも気持ちを曲げることはできないんだよね」

「大切なことですから。でも今は純粋に彼女のことが知りたいんです。彼女といると何かわたし達が忘れてしまったものを思い出せそうな気がするんです。だから今はお友達から始めたいと思います。あなたとも」

 そう言って美凪ちゃんは茶封筒を差し出しながらにっこりと笑った。

「さっきの敵はこれからの友です。というわけでお友達になりま賞、進呈」

 わたしはそれをしばらく見つめる。

 曇りのない綺麗な笑顔。それはわたしが知っているぬくもりの形だった。

「そっか、わたしも美凪ちゃんとお友達になりたい。譲れないものは誰にだってあるけど、それでも今の美凪ちゃんは信じたい。だからこれからよろしくね」

 わたしはその笑顔に答えるように、満面の笑みで茶封筒を受け取った。

    *

「ただいま〜」

「あっ、お兄ちゃんが帰ってきた」

 リビングで皆と雑談を交わしていると大袋を抱えた巨人が帰ってきた。

 この寮の管理人であり、わたしの恋人兼お兄ちゃんでもある槇原耕介さんだ。

「おかえりなさい。すごいおお荷物だね。手伝おうか?」

 玄関で荷物を置いて肩をこきこき鳴らしているお兄ちゃんのところに駆け寄って、わたしはその荷物の多さに眼を見張る。

「ああ、今日は真雪さんが友達を連れてくるって言ってたからね。ちょっと奮発してみたんだ」

「おお、いろいろ買ったもんだな。これは期待できそうだ」

 お姉ちゃんもリビングから顔を出して買い物袋の中を物色している。

「ははは、今日は気合い入れて作りますからね。楽しみにしていてください」

「わたし、手伝うよ」

「サンキュ。……ところでそこの入り口から覗いているのは真雪さんの友達ですか?」

 そう言って苦笑するお兄ちゃんが指差すほうを見ると、そこには頭だけ出してこちらの様子を伺っている美凪ちゃん、ルリちゃん、リルちゃんの姿が。

「ああ、一番上のぼや〜んとしてて美味そうな顔の奴と二段目のツインテールでちっこい奴があたしの連れだ」

 指を指された二人はひょこっと顔を隠してしまう。

「おまえ等何隠れてんだよ。安心しろ、別にこいつはおまえ等をとって食ったりはしないから。ていうか、あたしの獲物は渡さん」

「獲物って……真雪さん、彼女達にも手を出してるんじゃないでしょうね。バレたら薫にまたどやされますよ」

 お兄ちゃんは思いっきり顔をしかめた。

 お姉ちゃんのそういうイタズラは寮内だけでも数え上げたらきりがないくらいあるのだ。

 その度に薫さんに叱られているけど、一向に懲りないんだよね。

 あっ、美凪ちゃんとルリちゃんが感心してる。

 もしかしてあの二人ってお姉ちゃんに逆らえないのかな?

「ったく、知佳といい、耕介といい、どうしてこううるさいかな。これで神咲が揃ったら妖怪小言トリオの完成じゃないか」

「ウチがどうかしましたか?」

「げげっ、神咲。いつからそこにいた」

「さきほど戻ったばかりです。それでウチがどうかしたんですか?」

「いやっ、その……」

 さすがに驚いたのかお姉ちゃんがうろたえている。

「あはは、実はね」

「あっこらっ!知佳話すなー」

 お姉ちゃんの様子に薫さんが察したのか、眼を細めて鞄を置くと木刀を握る。

「おいっ神咲、何そんな物騒なもん構えてんだ」

「ウチは別におかしなことはしていませんよ。ただ“いつものこと”だと思っているのですが」

「まだ何も言ってないだろうが」

「じゃあなんでそんなにうろたえているんですか?」

「きっ気のせいだろ」

「ならウチのことも気にしないでください」

「ならその木刀をしまわないか?危ないだろ」

「それは人に振るえばの話です。こんなふうに」

 ぶおんっ!

「おわっ!?なんであたしを狙うんだ。それこそあぶねえだろ」

「大丈夫です。ウチの木刀が仁村さんに当たったことは今まで一度もありませんから。というわけでいきますよ。話は後でゆっくり聞いてはげましょう」

「うっ……」

 じりじりと後退るお姉ちゃん。

「あっあたし、急用を思い出したから」

ついに根負けしたのかお姉ちゃんは脱兎のごとく駆け出した。

「やはりそういうことなんですね。なら遠慮なくいかせていただきます」

「うひゃー。来るなー、あたしはまだ何もしてないぞ」

「問答無用。てりゃーっ!!

 そんな光景を目の当たりにして、美凪ちゃんとルリちゃんが感嘆の溜息を漏らした。

「ここの人達は勇敢です」

「すごいですね。真雪さんがびびってます。あの木刀でばっさりやられちゃうんでしょうか?」

「お姉ちゃんと薫さん、あの木刀を持ってる人はいつもああなんだよ。お姉ちゃんがイタズラして薫さんがそれを叱る。それがうちの日常風景なの」

「毎日ああだからね。いると騒がしいけどいないと寂しくなるんだよね」

 わたしとお兄ちゃんは美凪ちゃん達のところまで避難していつもの光景を眺めていた。

「あの、ほっといていいいんですか?」

 さすがに少し心配になってきたのかルリちゃんが眉を寄せた。

「ああ、大丈夫。あの二人あれでも節度があるからしばらくしたら騒ぎも収まるよ。っと、自己紹介してなかったね。俺はここの管理人をやってる槇原耕介です。よろしく」

「ホシノ・ルリです」

「遠野美凪です」

 二人は簡単に自己紹介をした。

「君達は真雪さんの大学の後輩なんだってね」

「はいそうです。いつも真雪さんにいじられまくっています」

 ルリちゃんが大仰に溜息を吐いて言った。

「ははは、やっぱりそうなんだ。俺達の眼の届かないところだからかえってやりたい放題やってたりして」

「はい、仕事の必要な資料だと称してワタシ達を着せ替え人形にしてます」

「相変わらずだなぁ。あっでもまだ隠し撮りよりはましか」

「隠し撮りですか?いつも堂々と写真撮ってますけど」

 美凪ちゃんが小首をかしげて言った。

「あっあの人は……」

 お兄ちゃんが顔を引きつらせて呻いている。

 そりゃそうだろう。寮内で隠し撮りはあっても堂々とはしていないのだから。

 まあうちだと薫さんがいるからそうならないのだろうけど。

「二人ともごめんね。うちのお姉ちゃんが迷惑ばっかかけてるでしょ」

「いえ、確かにあの人には振り回されていますけど。根はいい人だと思います」

 ルリちゃんが苦笑しながら言った。

「イタズラは好きですけど、相談には真剣に乗ってくれますし優しいところもありますから」

「そうそう。とても妹想いなところとか、よく知佳さんの話をしていたんですよ」

 美凪ちゃんも微笑みながら頷いた。

「あうう、そんなこと言ってたの。……うん、そうだね。お姉ちゃんはそういう人だよ」

 わたしは薫さんに追いかけられるお姉ちゃんの姿を眺めた。

 いつもおちゃらけているけど、本当はわたしのことをいつも気遣ってくれる。

「いっつも迷惑ばかりかけてるけど、わたしが今のわたしでいられるように導いてくれた。誰かに自慢できる世界で一番のお姉ちゃんだよ。って、こんなこと照れくさくて絶対本人には言えないけどね」

 わたしは苦笑しながらそう言った。

 お兄ちゃんが黙って頭を撫でてくれた。

「そういうのっていいですね。ワタシは兄弟はいないので少し羨ましいです」

「仲がいいのはいいことです。にこにこ」

「うん、そうだね」

 わたしも頷いて笑った。

 ふとリルちゃんのほうを見ると、

 彼女は眼を閉じて何かを全身で感じ取るように両手を広げていた。

「ここはすごくあったかい」

 リルちゃんは眼を閉じたままポツリと呟いた。きっとここは彼女に大切なこと教えてくれるだろう。わたしがそうだったように。

「ここは皆の笑顔が集まる場所だよ」

 わたしはリルちゃんをそっと抱きしめて囁いた。

 




 あとがき

 こんにちは、堀江紀衣です。

 今回は第三種接近遭遇……もといさざなみの問題児、知佳さんの姉の真雪さんと遭遇してしまったおはなしです。

知佳「もう大変だったんだからね。リルちゃんのこと拾ったとか拾ったとか言うし」

紀衣「間違ってはいないと思いますけど」

知佳「そうかもしれないけど。なんか釈然としないな」

紀衣「まあまあ、そんなことより次回は宴会ですよ」

知佳「うわ〜、……どうか地獄絵図が描かれませんように」

紀衣「ではでは、次回もお楽しみに」

 

 




美凪の事情って何なのだろうか。
美姫 「今回はドタバタしたけれど、その辺りの謎はいつかきっと」
次回もドタバタの予感が。
美姫 「宴会だしね〜」
一体、どうなるのか!?
美姫 「次回も楽しみにしてますね〜」
ではでは。



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