「さて、今日もどうすんべ」

「図書館に……」

「却下だ。クレアは楽しいかもしんねぇが俺とロッテは楽しくない」

 

 昨日、ロッテと二人で童話を読んでいたが、正直大河は本を読んでいるよりも体を動かしている方が好きな質だ。ついでにあんな静謐な空間を大河は好めない。

 

「ロッテ、お前はどっか行きたいトコある……」

「…………えっ? 大河、何か…………言った?」

 

 昨日はクレアの要望を聞いたので今日はロッテの要望を聞こうと思ってロッテの方に顔を向けるとそこには顔を赤くして、ふらふらとしているロッテの姿が大河の眼に飛び込んだ。微妙に視線が定まっていない事から熱を持っている事がうかがえる。

 

「ちょっと、悪い」

 

 ロッテの前髪を手で梳き、額に手を当ててみると大河が思っているよりもずっと高い熱がロッテから発せられている。手が火傷してしまうのではないかと思う程に熱かった。

 慌てて大河はロッテを抱えてベッドまで連れていく。

 

「クレア、ロッテを寝巻に着替えさせて寝かせてくれ」

「そんなに……高いのか?」

「あぁ、俺は薬を探してみる。風邪薬とかがあったはずだ」

 

 先ほどまで安らかな休日といった光景が急激に変化する。

 大河は部屋のタンスを片っ端から開けて、救急箱を探す。大河の記憶に風邪薬が確かにあったはずだった。消費期限が切れていないか不安になるが、それでも確かにあった事を大河は記憶している。

 片っ端から開けた結果、未亜のショーツやブラを発見したが非常時なので手に取る事はなかった。非常時でも懐に入れる事などしないが。

 

「よっしゃ、あったっ!」

「大河、ゆっくり飲ませてくれ」

「分ってる。飲めるか? ロッテ」

「…………………うん」

 

 か細い声でロッテが僅かにうなずく。錠剤を含み、大河の手に支えられて薬を飲み込んでいく。たったそれだけの動作なのに、消耗している事がよく分かる。

 

 薬を飲んで精神的に安心したのかロッテは眠りについた。

 

「クレア、分かるか?」

「政治、経済ならまだしも医学はそれほどない。それに……この世界特有の病気という事も考えられる。逆にアヴァター特有の病気でこっちの医者では何も分らないという事もあり得る」

「お手上げじゃないか」

「明日まで様子を見るべきだな。私たちではどうしようもない」

「情けねぇな」

 

 大河はロッテを眺めながら自嘲を浮かべながら吐き捨てた。いくら法外な戦闘力を保持していようとも病に対しては何もできない。それは回復を得意とするベリオとて同じ。病気は医者でしか治せない。医者ですら治せない病気もあるのだから、素人が何か出来る筈もない。

 

「まずは栄養をきちんと取らせる事だ。後は清潔に保つこと」

「風邪の対処と変わらねぇな」

 

 特別な事など何もできない。どこまでも普遍的なことしかできないのが知識無い者に出来る事。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

外伝 喪失の調、諦念の嘆き 6

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、お仕事の手伝いに来ました」

「あらん、蛍火君じゃない〜。レンちゃんの傍にいなくていいの? 確か高熱でうなされているって」

「今朝がたの事です。まぁ、アヴァターにいれば治るような軽い病なのでお気になさらず」

「医学の知識もあるっていうのは便利ね〜」

「人体を効率よく壊すっていうのは人体を知りつくさないといけませんからねぇ」

 

 のんびりと蛍火とダリアが会話している場所はとある貴族の屋敷の天井裏。

 仕事というのはもちろん、証拠が不十分で起訴する事の出来ない不穏分子の貴族の決定的証拠を押さえる諜報活動。

 

 

「人、なかなかにいなくならないわね〜」

「まぁ、待つのがこの仕事の大半のようなものですからねぇ」

 

 のんびりとしながらも下の人間の気配を察知する事を忘れずに会話する。たかだか壁一枚越しの気配ぐらい悟れない二人ではない。

 

 

 

「蛍火君、前々から気になっていたんだけどぉ〜、貴方はどの陣営についているかしら? ミュリエル学園長はクレア王女とはどこか違う思惑があるようだし、大河くんは大河くんで何か動いているし。貴方は誰の味方をしているのかしら?」

 

 諜報活動をしているだけあって個人の思惑が何処に向いているかは分らずとも、別の方向に向いているかどうかをダリアは分っていた。それだけで充分な情報と言えるだろう。誰が仲間か分からないような状況ではその情報は価値が高い。

 思想や思考が違っていても、目指す方向が似通っているのなら手を取り合える。交渉次第では別方向に向いている人間も引きこめる。だが、それはあくまでもその人間が向いている方向性が分かっていてこそ。

 

 その中でただ一人、蛍火だけが何処に向いているのかダリアにすら分らない。蛍火については判断するべく材料があまりにも少ない。

 また、個人で行動している為に、蛍火の行動記録というものはミュリエルや大河と比較して極端に少ない。

 蛍火自体が諜報員である為に、全ての情報がでたらめである可能性も高い。

 

「私は、私の味方ですよ」

「そういうのが一番困るのよね〜」

 

 個人の感情で動いている人間はその時々によって行動の方向性が変化してしまう。信念が通っていればそれはまだ方向性は変わりにくいが、ダリアから見て、蛍火に信念と呼べるべきものは見当たらない。

 

「じゃあ、何で今回は手伝ってくれたのかしら?」

「まぁ、王室に恩でも売っておこうと。売っておいて損はないような場所ですから」

「ふ〜〜〜〜ん」

 

 ダリアの声には蛍火の言葉をまったく信じてないと受け取れた。実際、蛍火が王室に恩を売って得する事など正直あまりない。

 今さら、一つの恩を売ったところで蛍火の罪は軽くなるわけでもなし、王室から得られるモノは正直蛍火には意味をなさない。

 財、名誉、称号、地位。せいぜいこの四つぐらいしか蛍火に与えられるものはない。しかし、そのどれもが蛍火は自力でつかめるほどの力を持っている。 

 恩を売る必要がないのだ。

 

「ん〜、まぁ、そこはいいか。それじゃ、ダリア先生の恋愛相談室〜♪」

「時と場所と場合と相手を考慮に入れた方がいいのでは?」

「ここの主、後一時間は動かないのよ〜。という訳で今の蛍火君にとってレンちゃんはどういう意味を持つのかしら」

「いきなりですね。その上、恋愛対象にならないような相手を出すなんて…………神経は無事ですか?」

 

 恋愛感情を蛍火はレンに抱いてはいない。だが、誰よりも大切に思っている。だから、その手の質問というのは蛍火にとって可能な限り避けたかった。

 そして、レンはこの物語の中核に位置する人間でもある。

 

 というかまず第一に恋愛相談とか言いながら対象を十歳未満の少女に絞るのはいかがなものかと思う。

 

「大丈夫よ〜。それで蛍火くんはどうおもってるのかしら?」

「どうもこうも、恋愛対象とは見てははいませんよ。そもそも、私とレンは十六も齢が離れているのですから」

「十歳じゃなかったかしら?」

「ヒイラギさんが来る前に色々と世界を回っていましてね。其のおかげで余計に年を食ってしまったんですよ」

「あらん、それはまた重要な情報ね〜」

「それほどではないですけどね」

 

 蛍火からすれば隠す程の事情ではないが、ダリアから見ればまた別となる。この世界に来てからの蛍火の急激な戦闘能力の上昇の理由が分かったのだ。また、蛍火の知識量なども納得がいくものとなる。

 蛍火の情報がまた一つ増えるというのはダリアやクレアからしてもいい事だ。

 

 だが、所詮その程度の情報でしかない。重要な情報はそこからは程遠い場所にある。

 

「まぁ、仕事をしてしまいましょう」

「あらん? まだ時間があったと思ったけど」

「人の予定など変るもの、その程度です」

「はいはい。じゃあ、仕事にかかるとしましょうか」

 

 彼らは静かに人のいない執務室に潜り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「熱、さがらねぇな」

「あぁ、昨日からと比較してさらに高くなっている」

 

 ロッテが高熱を出してから一日。だが、一向にロッテの熱は下がる様子はない。それどころか熱は測るたびに微妙に上がり、今では四十度を体温計が示している。

 あまり医学や生態学について詳しくない大河でもこの事態が危険な事には気づいている。

 

「医者に見せに行った方がいいな」

 

 大河は意を決してロッテを抱えあげ、医者に連れて行こうした。しかし、

 

「待て、それはもう少し待ってくれ」

「何でだ?」

 

 クレアの静止の声に大河は声を荒げてはいないが、それでも語気を強くして問いただした。

 これほどにロッテが苦しんでいるのに放置していて取り返しのつかない事になりかねないと真剣に大河は思っている。病気は早期発見、早期治療が大事だ。その為にはロッテを早急に医者に連れて行かねばならない。

 四十度という高熱ならば尚の事、連れて行かねばならない。

 

「大河、ロッテには戸籍がない。保険もない」

「それがどうしたっていうんだ?」

「この国ではその二つがないと、治療に法外な値段か取られるらしい」

 

 日本という国には保険制度があるが、それはきっちりと税金を支払ってこそ得られるシステム。戸籍がなく、ましてや保険にも入っていない人間が治療を受ければ想像以上の治療費を請求される。

 ロッテとクレアにはその二つがない。保護者から逃げ出してきた大河にはそれほど蓄えはない。あるにはあるが、その金はこの世界に戻ってきたときに使う大切な金だ。そうそう簡単に使えるような金ではない。

 

「だからって!」

「分っている。だが、後、一日様子を見よう。大河、昨日よりも効き目の強い薬を可能なら購入してきてくれ。万病に効く薬でもあればいいというのに」

 

 大河を諭しながらもクレアも苦々しく言葉を吐く。何もできない己が悔しいのは大河だけではない。

 その悲痛な表情を見て大河もさすがに頭が冷える。大河よりもよっぽど知識がありながらクレアは何もできないのだ。それが大河にも分かった。

 

「って言われても俺は薬については詳しくないし、万病に効く………………ん?」

 

 クレアの冗談交じりの言葉に大河は何かが引っ掛かった。万病に効く薬。それをどこかで大河は聞いた事がある。

 

「薬…………あるっ!」

 

 大河は懐から一つの袋を取り出す。それはロッテと出あう数時間前に占い師の老婆から譲り受けた薬。

 それをクレアに渡して、購入経路を教える。

 

「胡散臭いな」

「…………言うな」

 

 袋の小汚さと大河の口から発せられた事実にかなり胡乱な目で袋を見る。名前も知れない行きずりの人間に渡された薬を信じられるほどクレアは無邪気ではない。無論、大河とて信じてはいないのだが、いかんせん他に効きそうな薬がなかったのだ。

 

「やっぱり、医者に見せるか」

「だが、金は…………」

「なぁに、未亜も病人の為に使ったとなったら怒らねぇよ。それに……金はまた貯めたら手に入るが、お前達とここで過ごせる時間はここが終わっちまったらもうないからな」

「…………大河、ありがとう」

「俺のわがままだ」

 

 俯いているクレアの頭を撫で、大河はロッテを抱えて病院を目指した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやはや、これで十件目。先が長いですね」

「まぁ、そんなもんじゃない?」

 

 相変わらず何処かの屋敷の天井裏に二人は待機している。効率よくやるのならこの二人の腕前なら別々に行ってもいいのだが、そこは念のため。戦闘になったらやはり人手が欲しくなる。

 

「議長も人使いが荒い……」

「あらん、レンちゃんが気になるって顔してるわよ」

「まぁ、一人娘ですからね」

 

 寂しそうに笑う蛍火の表情にダリアはそれ以上口を開こうとは思わなかった。そこが分岐点だとダリアは理解した。踏み込んでいい場所の境界線がレン。踏み込みすぎてはならない。

 

「クレア王女、大丈夫かしら?」

「当真がついてますから、無事ですよ。当真は、誰よりも強い。女の子を背中にしたら誰にも負けませんよ」

「一本取られちゃったわね〜。そうね、大河君が後ろに女の子がいるのに負けるはずがないわね〜」

 

 かんらかんらと二人で笑う。大河が後ろの女の子を控えながら敗北する光景など二人には思い浮かばない。

 大河はこの物語唯一の救世主。ならば、敵に囲まれようとも、刃が通じる相手であるのなら、護るべきモノがいるのなら敗北するはずもない。

 

「でも、心配なのは大河君がクレア様を襲わないのかなんだけど…………」

「当真の守備範囲外ですから大丈夫なんじゃ?」

「それもそうね。………………でも、クレア王女からだったら大河君、据え膳を食べちゃうんじゃ(汗)」

「…………その時は当真に責任を取ってもらえばいいでしょう」

「そうねん♪」

 

 別の懸念が生まれるがそれは放置。帰ってこない限りそればかりは分からないのだ。

 

「でも、クレア王女以外に王家の血を引く人間がいるなんて……正直、その頃から王家に仕えているけど、知らないわよ」

「でしょうね。私の方でもシャルロッテという少女が生まれて、育てられたっていう情報は引っ掛かってませんから」

「という事は、本当に生まれてすぐに隠されたか……偽物を仕立てられたか。やっかいね〜」

 

 そう、本来シャルロッテなどという少女はいない。

 幾ら、産後の混乱を利用して人一人を隠そうにも普通に育て上げる限り、それは難しい。地下に監禁して本当に誰にも知られないように育て上げるのならまだしも、外にある程度出しながら育て上げるとなると情報をいつまでも隠し通せるのは難しい。

 

「まぁ、彼女の正体はどうでもいいでしょう。クレア王女が決定されるでしょうし」

「そうねん♪ でも蛍火君、本当は知ってるんじゃない? あの娘の正体」

「残念ながら」

 

 どこまでも腹の探りあいは続く。答えを得られる事はなく、答えは常に闇の中。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、かなり金額を使おうにも医者の方でも原因が分からずじまい。どれだけ科学は発展しても限界があり、その限界の先にあるのが、ロッテの病。ただ、それだけだった。

 

「……クレア、使うぞ?」

「止む終えまい」

 

 ロッテを医者に見せてからロッテの体温が急激に下がり始めている。今では三十四度近くの低温状態。ただの風邪の症状にはもう見えない。このままではあまりにも危険すぎる。

 

「ロッテ、飲めるか?」

 

 大河の声にロッテは反応する事も出来ず、ただ虚ろな眼で天井を見上げているだけだった。

 

「ロッテ、先に謝っておく」

 

 大河は水と薬を一気に口に含んで、ロッテに顔を近づけていく。ロッテの唇を割って入り薬と水を流し込む。

 口の端から僅かに零れる水の雫。それは流れとなりてロッテの頬を伝い、顎まで滴り落ちてロッテの頬を汚す。

 こくりこくりとロッテの咽喉が僅かに動く。水と薬がきちんとロッテの胃に治められていると確認できる。

 

「ふぅ、これで、様子を見ようか」

「…………」

 

 一安心と大河は汗を拭う横で、クレアは顔を真っ赤に染めて固まっていた。大河の行動はあまりにも熱烈なシーンだった為だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これでやっと不穏分子をある程度、排除は終ったか」

 

 一人、蛍火は二日前に世話になった場所に赴きながら蛍火は独り言を漏らす。

 

 目の前には巨大な機械と魔方陣。四日前に蛍火が壊したと見せかけた機械に蛍火は取り付いた。

 無論、見張りは叩き倒して、眠らせている。前回のように蛍火が力が落ちているわけではないので気絶させる事は容易にできた。

 

「うわっ、ここ断線してる。ってこっちも微妙に傷が!? 無事な所に刺したつもりだったんだが…………」

 

 一人ぶつくさといいながら機械の修繕をこなしていく。その手の動きに淀みはない。

 

 汗をかきながら、古代兵器を修復していく。この機械の設計図を持っている蛍火ならば修繕はそれほど苦労しない。龍族から貰った秘法の中にある程度の設計図があったお陰だ。ついでにそれについてもある程度勉強している。蛍火がどこまでいけるのか凄く心配になる。

 

「ふぅ、終わりか。後はデュクロスが気付けば…………最後に一踊りをしてもらおうか」

 

 何処までも邪な笑みを浮かべた蛍火は部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んあ〜」

 

 眠い頭を振りながら大河は眼を覚ます。薬を飲ませてすぐに変化がないと知りつつも大河とクレアは一定時間毎にロッテの体温を測っていた。その為、夜遅くまで起きる羽目となっていた。

 

「おはよう、大河」

 

 目覚めた大河を迎えたのは、朝食を用意しているロッテの姿。しっかりと両の足で立ち、寝込む前と同じ機敏な動きで鍋を回している。

 

「…………ロッテ!? もう平気なのか!?」

「うん。もう体を動かしても平気だよ」

 

 拳を胸の前でぐっと握る姿は元気が溢れているように見える。その姿に大河は酷く安堵した。

 

「クレア、起きろ! 早く起きろっ!」

「何だ、まだ眠いというのに」

「ロッテの体調が元に戻ってる!」

「なにぃいい!?」

 

 大河の言葉にクレアは跳ね起きる。昨日まで体調を完全に崩していた妹が元気と聞けば跳ね起きるのも仕方ない。

 だが、悲しいかな。大河はクレアの顔を覗きながら揺さぶっていたという事実がそう簡単には事態を進ませてくれない。

 

「ぬおっ!?」

「ぐぉっ!?」

 

 跳ね起きると同時に額をぶつけ合う。ごちんというかなり鈍い音が部屋の中に鳴り響く。

 クレアも大河も額を押さえながら畳の上をのたうちまわる。

 

 なんとも情けない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ロッテ。熱の方は大丈夫なんだな?」

「うん、もう平気だよ。お姉ちゃん」

「あっ、あぁああああっ。もう一度ロッテの口からその言葉が聞けるとは……お姉ちゃん、死んでもいいかもしれない」

「おっ、お姉ちゃん!?!」

「冗談だ。まぁ、それはさておき、ロッテは今日一日、絶対に安静だ」

「その意見には賛成だな」

 

 原因不明の体調不良が治ってまだ一日もたっていない。予断は許せない。いつぶり返すかもしれないとなってはロッテに一日を安静させているのが最良だ。ロッテが普通であればの話だが。

 

「どこかに行きたい」

「「ダメ」」

「うぅうう」

 

 願いを口にするもロッテの言は簡単に否定される。二人ともロッテを気遣っての事だとはロッテも分かっている。だが、ロッテは……薄々、気づいているのだ。

 

「行きたい」

「「ダメ」」

「どうしても行きたい。だって、アヴァターには何時帰るのか分からないんだよ。だから、私が動けるうちにいろんなこと体験したい。もう二度と出来ないかもしれないんだよ?」

「…………それは……」

 

 ロッテの言葉にクレアも唸る。ロッテの言葉どおりなのだ。クレアは当然の如く国の仕事の為に、平和になった後でも簡単には休みを取る事などで着ない。ロッテも身の上が分かった今ではクレアと同じく自由のない生活を余儀なく送らされる。

 

 そして、迎えは何時来るか分からない。今日かもしれない。明日かもしれない。明後日かもしれない。そんな中で悔いを残したくないというロッテの気持ちはクレアにはよく理解できた。

 

 これから同じ籠の中に入る者同士、分かり合える部分はある。

 

「遊園地に行きたいな。テレビで見た遊園地に。お姉ちゃんも行きたいよね」

「…………」

 

 その言葉にクレアも頷きたかった。ロッテと同じく食事をしているときに見たテレビのCMで流れていた遊園地という究極の娯楽に興味が湧かないでもない。

 だが、ロッテの体調を考えればそう易々とこの場を離れるわけにはいかない。

 

「お願い。きっと、もう二度と出来ないから」

 

 ロッテの悲痛な声に大河もクレアも頷くしかなかった。大河とて、二人の身分は理解している。

 

「……分かった。けど、少しでも体調を崩しているのが分かったら引き上げだ」

「うんっ!」

 

 最低限の妥協点を用意して、大河達は一路遊園地を目指す。ロッテの満面の笑みを見て大河もクレアも頷いてよかったと心から思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひきゃあぁああああああーーーーーっ!!!」

「はははっ、中々に面白いではないかっ!」

「ぬおぉおおおお、いつの間にこんなにアトラクションは進んだんだ!?」

 

 大河達が住んでいる場所から最も近い遊園地。ディズ○ーランドやUS○などのような有名どころではなく、地方局のCMにしか出てこないようなあまり大きくない遊園地に三人は来ていた。

 

 そして、来てしょっぱなからクレアのわがままによりジェットコースター。

 ロッテは絶叫。クレアは愉快とばかりに笑い、大河は久方ぶりに来た遊園地の変りように絶叫していた。

 

 捻り、回転し、急落下するジェットコースターに三人は声を上げっぱなしだった。

 

 

 

「つっ、疲れた〜」

 

 ジェットコースター初体験のロッテはあまりの恐怖に眼をぐるぐると回しながらイスにもたれかかっている。その横には平然とした姿のクレア。双子でも育った環境が異なれば反応が異なっている。

 

「クレア、次はロッテの希望のアトラクションな?」

「うむっ! さて、次の私の番は何を乗ろうか」

 

 わくわくとクレアは次の自分の番を考えてパンフレットを楽しそうに捲っていた。そこには何処までも普通の少女しかいなかった。

 

「クレア、絶叫系はもう少し後にしよう」

「なんだ? 未来の救世主がこの程度で参るというのか、情けない」

「いや、ロッテの事を考えろよ」

 

 どこまでも笑顔が広がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「何でこの年になってコレに乗らないといけないんだーーーーっ!?」

「大河、楽しくないの?」

「ふむ、大河は情緒というモノが分かっておらんな」

 

 メリーゴーランドに乗りながら三人が会話する。大河の絶叫はある意味では正統な発言だ。二十台がそろそろ目の前に来ているというのにメリーゴーランドに平然と乗れる男は極小数しかいない。

 無論、その少数派の中に大河はいない。その為に大河は泣き叫ぶ。ご愁傷様。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、ウォータスライダーや、室内ジェットコースター、少し形の変ったトランポリン、羊などの牧畜とのふれあいなど様々な部分を回りきった。

 

 昼食を挟んでのんびりと食べながら、周りにいる客と同じように三人は楽しめていた。

 そこでは運命も宿命も、義務も責務も何もない。ただ、普通の年頃の人間として楽しめていた。

 

 だが、それは眼を逸らしているだけに過ぎない。この瞬間が終ればまたその三人にのしかかっている何かは三人の下に戻る。もはやそれは逃れられないものなのだ。

 

「最後に、観覧車というモノに行くぞ」

「うん、いこう!」

「うへぇ、なんつーかただ、回ってるだけじゃねぇかよ」

「「情緒がない」」

 

 観覧車が乙女にとってどれだけ重要なイベントか分かっていない大河に二人が断罪する。遊園地で最も甘い記憶を残せる場所といえば観覧車だ。それを全くもって大河は理解していない。大河が二人を適齢期の女性と見てないせいもあるのだが。

 

 

 

「綺麗だな」

「うん」

 

 夕焼けに照らされる眼下の遊園地。その先に広がるビル、コンクリートの街並み、線路。その全てがアヴァターにはないもの。自然を切り開き、自然を壊して手に入れた進化の象徴。

 

 だが、これほどに便利な世界はない。電気という便利なものに身を任せて生きている。硬貨を入れればどこでも飲み物が手に入り、病気にあえぐ事はめったになく、モンスターなどというモノに怯える事のない世界。

 どこまで平和で、アヴァターからすればあこがれてしまう世界。

 

「こんな風に、アヴァターも発展させたいものだ」

「…………あそこはあそこでいいけどな」

「それはお主の観点だろう? だが施政者としては、遊園地などというモノが出来るほどに娯楽が発展し、医学が発展してほしいと願ってしまう。無論、魔力も有効活用してな」

「食べモノに困る事もないしね」

 

 クレアやロッテと同じ視点を持っていない大河はその言葉に素直に頷く事が出来ない。この世界では法律や憲法によって、本当に餓える事はなかった。どんなに苦しくても何日も食べるモノがなかったという事はない。アヴァターとて、住んでいる場所こそ質素な方だが、それ以外の待遇は国賓レヴェル。食べ物に飢える事なく、授業を聞いているだけで金銭を寧ろ払ってもらう立場だった。

 

「夕日が沈むな」

 

 水平線の向こう側に消えていく太陽。未だ、西の空は赤く輝いているが、東の空はすでに夜を感じさせる。終わりの合図にして、夜の始まり。

 

 そう、もはや一日は終わってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その夜、元気を取り戻したロッテが奮闘を見せ、安い食材ながらも、心温まる料理に大河は心行くまで堪能した。だが、卵、ニラ、ニンニク、山芋などの食材の使われた意味を大河はまったくもって理解していなかった。

 食事をしながら、真っ赤になっているロッテとクレアに首をひねるしかなかった。

 

 

 

 

 食事も終わり、大河はテレビを見ながらのんびりとしていた。食器は二人が洗っているし、先に風呂に入らせてもらった。そして、今、二人が風呂に入っている。かすかに聞こえるシャワーの音が大河の心をざわつかせる。

 六日間、大河の精力はたまるばかりだった。王室にいてそんな事をするわけにはいかないし、クレアやロッテが眠っている横でそういう事をするわけにもいかない。

 

 ついでに、夕食に出てきた食材の影響も出ていた。あれらの食材は立派な精力増強の食材なのだ。

 

 

 後ろの方でバタンと音がする。

 今日は遊び回ったし、そろそろ寝るかと二人に声をかけようとして振り向くよりも先に声がかかる。

 

「大河」

 

 そこには、バスタオル一枚だけを身に包んだ、クレアとロッテ。

バスタオルでは隠せていない部分が桃色に色気づいている。風呂上がりによって赤くなっているのと羞恥による、二つの理由で二人の肌は程よく色づいている。

 体から立ち上る湯気。それはただの、風呂の上がりの現象だというのに、シュチュエーションが異なるだけでこんなにもその湯気が少女から発せられる香気の如く艶やかに見える。

 幼い肢体が、露出している肌を何とか隠そうとする。水で湿った肌は果物のようにみずみずしい。

 バスタオルの中に隠れているなだらかな胸。リコにすら劣るのではないのかと思えるほどになだらかだというのに、バスタオル越しであるが為に、その胸がより一層、彩られているように見える。

 

 正直、見た目に反する色気を携えていた。

 

「「思い出をください」」

 

 二人は同時に大河の方へ足を進めて、バスタオルがはらりと床に落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何を落ち込んでいるのだ、大河」

 

 あれから、数時間が経過し、三人はこの世界で初めて降り立った場所である大河の学校の屋上に忍び込んでいた。ピロートークをしようとしていたところにトレイターが騒ぎ出し、この世界への道が出来ている事が告げられ、慌てて三人はここに来た次第だ。

 

 そして、微妙に内股になっているロッテとクレア。なんでとか聞かないように。

 

「いや、聞かないでくれ」

 

 己の守備範囲がいつの間にか下の方まで伸びていることに大河はかなりダメージを受けていた。リコに手を出した時からアウトだというのに、何故気付けていないのだろう?

 

「ちょっと、痛い」

 

 フェンスにもたれ掛かっているロッテは頬を赤く染めながら大河を見上げる。めちゃくちゃ幸せそうな笑みを浮かべていた。

 さすがに大河もロッテに向って自責の念に駆られるわけにはいかない。幾ら、理性が焼き切れてしまって暴走したとはいえやっちゃったのだから、逃げるわけにはいかない。

 

 それに、嫌いなわけではないのだ。好きともいえる。それがつい数時間前まで妹を見ているようなものだっただけだ。まぁ、妹として見ている時点でも危険なのですが? 原作では未亜に手を出しちゃっているわけですから。

 

「これで、終わりだと思うと寂しいな」

「うん」

 

 クレアとロッテは遠くに見えるビルに光に眼を細めながらこの世界の別れを済ませていた。

 この世界に足を踏み入れる事はもうなく、そして、今回のように自らにかかっている重責のない時間を過ごせることはなくなる。

 

 二人の立場は重すぎる。大河のように、破滅がいなくなるまでの立場ではない。死ぬまで続けさせられる立場。

 

「ば〜か、また遊べるさ。なんなら俺が忍び込んででも遊びにいってやる」

「お前は……少しはそれを行った場合に起きる騒動を考えろ」

「でも、お姉ちゃんは嬉しいんだよね」

「ロッテっ!!」

「おっ、お姉ちゃんが怒ったーーーっ!?」

 

 最後だからこそ、笑えるように。次の時に笑って思い出せるように。

 

 

 

 


後書き

 

 思い出に残るデートといえば遊園地というのは浅はかだと思うのですが、ご容赦を。

 さて、3話で宣言したとおり、大河は美味しくいただきました。主人公ですから、それぐらい許されますよね?

 

 さて、今回の説明を。薬の詳細については1話で語っているのでそこをご覧下さい。この薬、実はマナが薄い世界で使うと、欠乏しているマナを一時的に満たすことが出来ます。代謝が高くなるので、一時的にマナが必要量に満ちるのですが、やっぱり薬で無理やり高めているので精々、薬の効果で元気で居られるのは数日です。簡単に言ってしまうと薬は増血剤みたいなもんで、マナ欠乏症は出血(?)みたいなモノ。

 

 そして、裏で動く話。本当に存在しないはずなのに存在しているというロッテ。彼女の正体は? そして、蛍火の真意は、

 

 次回で外伝は最終です。文字数が通常話の1.5倍のボリュームを誇りますのでご注意を。




裏でこそこそと動いている蛍火たちに対し、大河たちは何とか回復したロッテと日常を楽しめたようだな。
美姫 「良かったわね」
うんうん。アヴァターへと戻れば、そうそうこんな風にのんびりできないもんな。
美姫 「次回でいよいよ最終みたいだけれど」
一体どんなラストが待っているのか。
美姫 「次回も楽しみにしてますね」
待ってます。



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