「蛍火君、これどう? 似合ってる?」

 

 メリッサははしゃぎながら俺に聞いてくる。

 

「………………」

 

 一方、リリィは無言で俺に立ちはだかり意見を聞くまで動かない。

まるでファッションショーのよう二人は目まぐるしく着替えて俺の前に立つ。

 どうしてこんなことになったのだろう?メリッサにここに来ると言った時に同行を許したのが悪かったのだろうか? 

ただ、俺は服をとりに来ただけなのに何故か婦人服売り場に連れて行かれた。

今日は厄日だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

第十六話 平穏は雲の彼方へ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こっそりと抜け出しこのフロアの休憩所に向かう。一服しよう。

 火をつけた時、俺と同じく疲れた様子でベンチに向かってくる大河が見えた。どうしたんだ? なんとなく予想はつくが。

 

「おっ、蛍火どうしたんだ?」

 

 憔悴しきった顔で俺が口に出すよりも先に気付いた。疲れているが俺を見つけたことを嬉しく思っているように思える。

きっと、俺と同じく未亜とベリオのファッションショーを見させられたのだろう。

 

「そういう当真こそ。ここは婦人服売り場ですよ。」

 

 まぁ、大河の事を聞き俺の話をはずそう。

いつもならここで女性用の下着でも買いにきたのかとからかうがそんな事ができる気力が無い。

 

「未亜とベリオの服を買いに来て、それでな……」

 

 はぁ、と重いため息を吐いている。その気持ちは痛いほどに理解できる。

 

「吸います?」

 

 まだ残っていた煙草を大河に向ける。大河はそれを受け取ろうとしなかった。そうだな。未亜が怒ったら怖いもんな。

もしくは泣かれるか。このシスコンにはどちらも耐え切れんだろう。

 お互いそれ以上声を掛け合うことなく無言でぼんやりとする。疲れてるし声も出したくない。

だが、この感覚は久しぶりだな。大勢の人がいる中、無言でぼんやりと過ごす。元の世界を思い出してしまう。

もっとも感傷に浸るような事は無いが。

 

「お兄ちゃん。やっと見つけた」

「そうです。探しましたよ?」

 

 予想通り大河の相手は未亜とベリオか。ベリオは僧侶だから教義上、未亜は境遇上そんなに買い物はしないほうだと思っていたが、買わなくてもウィンドウショッピングはするのか。

 

「あれっ、蛍火さん。こんな所でどうしたの?」

 

 出来れば気付いて欲しくなかった。今はそっとしておいて欲しいが許されないだろう。

 

「はは。何故か成り行き上ここに」

 

 乾いた笑いしか浮かべられない。ほんとにどうしてだろう?

 未亜が大河を見つけたっていうことはあの二人もそろそろ俺を見つける頃か。

逃げようかな? でも後が怖いな。

 

「あっ、蛍火君。ここにいたんだ。探したよ」

「まったく、苦労掛けさせるんじゃないわよ」

 

 二人のご登場。束の間の休息だったか。

 未亜は二人を確認し、顔を顰めた。気にならない程度の変化だったが、何故だろう? 

ベリオはリリィに気付き、俺と出かけていることに驚いている。付き合いが長いから気付くか。

ベリオの驚いている表情はそれは信じられない光景を見ているように。眼鏡を拭いても目の前の光景はかわらんぞ。

 

「ずっと前から愛してました!」

 

 美人を目の前にして大河が復活した。しかも飛び掛らんとばかりの勢いで、いったいどういう精神構造してるんだ?

 

「ジャスティ!」

「ユーフォニア!」

 

 しかし、大河の願い叶わず未亜とベリオによる召喚器の攻撃で止められた。

そんな事に国民に崇められているものを使っていいのだろうか?

 

「お兄ちゃん! 初対面の人に何しようとしてるの!?」
「い、いや、第一印象をだな……」

 

 二人とも気付いていないのか? 目の前には普段顔をあわせている人がいるんだぞ?

 

「リリィ、蛍火さんと買い物なんてどうしたの?」

 

 大河の事は未亜に任せベリオはこっちに向いてきた。言葉は心底不思議そうだった。

出来れば明確な回答を要求すると眼で訴えていたのが印象的だ。

 

「えっ!? リリィさんだったんですか!!」

 

 メリッサ気付いてなかったのか。まぁ食堂でたまに顔をあわせるくらいだから気付かなくても当然か。

あぁ、俺が気付いたのは普段とは違う格好をしてくると予想していたからだ。救世主クラスは総じて行動が読みやすいしな。

 

「あんた、気付いてなかったの」

 

呆れた顔をしてやるな。でも学園中の人に聞いてみてもきっとリリィだって気付くのは少ないはずだ。

 

「で、蛍火さんと一緒にいるわけは?」

 

 ベリオの眼がきらきらと輝いている。ここら辺は年頃の娘と変わらずゴシップ好きか。

 

「私も聞きたいです」

 

 大河の説教を中止して未亜がこっちに割り込んできた。心なしか怒っているように見える。何故だ?

 

「えっと、それは……。ほらっ…、あれよ」

 

 四人に見つめられ必死に理由を考えている。俺に負けたからって言うのはいえないもんな。

俺どころか学園長からも釘さされてるだろうし。

 まぁ、誤魔化しときますか。

 

「成り行きですよ。気付いたらこうなっていたんです」

「そう! 成り行きでこうなっちゃったのよ。何でかしら?」

 

 話をあわせられる余裕はあったか。リリィはほっと息をついている。がんばったよ。ほんとに。

 四人は納得がいっていない様子だ。リリィは普段とは違う格好をしている。その言葉を信じろというのが無理だ。

 まぁ、追求はしてこなかったが。

 

「買い物は済みましたか? そろそろ帰りたいんですけど」

 

 今日は二時間ほどマリーと打ち合う予定をしている。休日なので無理を言えずこんな形になってしまったが、何もしないよりもマシだ。

ちなみに大河とセルは完全に休みにしている。あいつらには休息も必要だからな。

 

「私は終わったよ」

 

 そう言って俺に袋の中身を見せてくる。はしたないぞ。下着類が入っていなかったのが不幸中の幸いだった。

 中身は俺が似合っていると言ったものが大半だった。わざわざ俺が言ったものではなく自分の好きなものを買えばいいものを。

 買い物も終わったので結局全員で学園に戻ることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は少し後ろで五人の様子を眺めながら煙管を吸っていた。女性陣は煙草の煙が嫌いだろうから離れている。

大河も余りいい顔をしていなかった。

 

過去を思い出すか、難儀なものだ。救世主候補というものは、全てが心に傷を負い、それを虚勢と努力で塗り固める。

しかし、その下ではまだ傷が膿んでいる。

その事実に気付いている人はいったいこの世界にどれだけいるのだろうか? 彼らの強さは脆き支柱の上に成り立っていることに。

 

 ん? 考え事しているうちに何やら前のほうがトラブルに巻き込まれている。ナンパか。さてどういった事だか。

 

「どうかされましたか? まぁ、見れば分かりますけど」

「あぁん? なんだテメェは」

 

 うわ、お決まりの文句。どの世界でも共通なのかね?見たところ服装はそれなりにきっちりしている。

数人だが一人だけ優雅に構えているところを見ると、親の力を自分の力と勘違いしている愚か者とそれにたかる蝿か。

 

「彼女たちの連れです」

「ぎゃはは、お前が? そっちの奴もそうだけど女の子と釣り合いが取れてねぇよ。

 そんな奴らより俺たちの方がいいぜ。なっ?だから俺らと少し遊ぼうや」

 

 俺、大河とそいつらと見比べる。真っ黒な服装をしたのと目元まで覆ったぼさぼさの髪にだらけた服装。

向こうはそれなりにきっちりしている。

 確かに向こうの言うとおりだな。

 

「納得するな!!」

 

 リリィの強烈なツッコミが入る。むぅ、これならM1優勝も狙えるほどの鋭さだ。

 

「外見と中身は違います。貴方たちよりも蛍火君たちのほうがよっぽどかっこいいです。

それに貴方たちもこの人達には釣り合いが取れてないです! ここにいる人達は救世主候補ばかりなんですから」

 

 メリッサいらないことを言うな。こいつらにその言葉は効かないぞ。それにしてもこれでさらに厄介なことになった。

 そいつらが俺たちを眺めるように見てくる。いやっ、俺は違うから。

 

「なら、余計に付き合ってもらわねぇとな。おめぇらは俺たちの支えてやってるんだ。少しは労わって貰ってもおかしくねぇ。

革命者だってきっとそう言うぜ?」

 

 いや。俺はそんな事言わないよ?まぁ、本人が目の前にいるとは思っていないだろうしな。

 

「蛍火さんはそんな事絶対に言いません!!」

 

 未亜に弁護された。うーんでもなんだか真剣なんだよな。あれだな、大河の悪口を言われて反論する時みたいだ。

 

「ゴチャゴチャ言ってんじゃねぇ!さっさと来い!!」

 

 未亜が力ずくで引っ張られる。あー、一番手を出しちゃいけない娘に手を出しちゃって。

 案の定、大河が怒っている。遠い昔の死んだ親との誓い。未亜を護るって言う誓いがあるからか?それともそれほどに大切なのか?

そこまでは見ることは出来なかったがそれでも今まで見たことも無いくらいに怒りに満ち溢れているのが分かる。

 

「いい加減にしろよ? お前らなんかに付き合う気なんてこっちはさらさらないんだ」

 

 はぁ、これはヤバイな。救世主候補たる存在がしかも初の男性候補が暴力を振るったと成れば厄介なことが起こる。

路地裏ならもみ消せるけど大通りの真ん中じゃどうしようもない。

 

「とっとと消え、あちぃっ!!」

 

 火のついた煙管で灰を落とすように大河を叩く。火が頭に当たりかなり熱いだろう。

なんだか大河がギャグキャラになってきてないか?

 

「救世主候補が一般人相手に暴力を振るおうとしない。手を出した時点で面倒ごとになるんですから。もう少し自分の立場を考えなさい」

 

 憮然としながら手を出すのはやめた。俺が止める前からそうして欲しいよ。イリーナに精神修行を増やさせようか。

 

「でもよ。蛍火」

「私が相手をします。直情的な当真はこの場では不利ですから少し見ていてください」

 

 この場面で自分が何も出来ないのが余程悔しいのだろう。拳を握り締めながら俺の言葉に従った。

もっと自分の弱さを実感しろ。そうすればお前はさらに誰にも手が届かないほど強くなる。心も身体もな。

 

「という訳で私が話し合いに応じます。あっ、勝手に革命者が言うとか言わないで下さいね。

世間一般で革命者と呼ばれてる私に迷惑がかかりますので」

「はぁ? 嘘言ってんじゃねぇ!!」

 

 明らかに全員信じていない。まっ、噂だけ先行して顔とか名前とかは知られていないし。

唐突に目の前がそうだと名乗っても信じられないだろう。

 

「まぁ、そんな事はどうでもいいですけど。この後、まだ用事もあるのでお引取りを願いたいのですが」

「君だけ帰っていろ。僕たちはそのお嬢さん方に用があるんだ。さぁ、遊びに行きましょう。お嬢さん方」

 

 初めて後ろのほうにいた貴族風の男が喋った。マリーが言った通り俺と似たような話し方をするな。俺より汚いが。

 

「結構です」

 

 未亜が決然と断る。他の三人も同様に男を睨んでいる。この輩は遊ぶだけじゃ済まないからなぁ。

正解なんだけど引いてくれる様な事はないだろうな。

 

「ふぅ、お嬢さん方、私に着いてきてくれなければ学園に圧力をかける事も出来るんですよ?」

 

脅しか。これ以上時間をかけたくないから出したのか。これ以上は丁寧に話しても無駄か。

 それにしても、まだそんな事を考えられる輩がいるのか。きちんと警告と脅しはしておいたんだがな。

それぐらいじゃゴミはいくらでも湧いてくるか。その内ご挨拶に伺わないといかんな。

 

 久しぶりに大河が黒っとぼやいていた。

 

 

 

 

 

Others view

 蛍火の纏っている空気が一変する。清々しい空気から黒く鋭利なものに、いつも笑っている蛍火が無表情になっている。

だが、不良たちは気付いていない。

大河達は普段とのギャップの激しさに戸惑うことしか出来ない。といってもまだ、第四の仮面なので恐怖に駆られることは無い。

 

「お前達。先程の願いは撤去だ。目の前から消えろ」

「僕に命令するとはどういうつもりだ?」

 

 未亜達を口説いているのを邪魔され口調が荒い。だが蛍火の変化にまったく動じていない。他の不良も同様だ。場慣れしている。

 

「他者の支えどころか足手まといの存在に願う口は俺には無い」

「僕が足手まといだと?」

 

 産まれて初めてそんな事を言われ、動揺し、顔を赤らめ憤慨している。

 

「その通り、この世界のための支えになる人とは守るべきものを抱え、明日のために働き、他者のために努力が出来る者。

自らの力では守れないと知りつつ、それでも強さを求める者。そして今を懸命に生き抜いている者の事だ。

そのような人達がいるからこそ破滅と戦うことが出来、後ろを任せられる。

親に縋り付き力の意味を勘違いし堕落しているお前たちのことでは断じてない。

例えどれだけ親が偉かろうとお前たち自身はただのクズだ。」

 

 不良のリーダーの体が震えている。蛍火の言葉が全て突き刺さる。それは自分には無いものだと自覚しているからこそ余計に、

 

「くそっ、お前ら。こいつを黙らせろ!!」

 

 蛍火の言葉に我慢することが出来ず彼は人として最後の手段の暴力を選んだ。なまじ敗北を知らないが故に引き際を間違えてしまった。

そして最悪の選択を選んでしまった事に気付かずに。

 

 

 

 

 誰もケンカになるとは思っていなかった。大河とベリオとメリッサは慌てている。あれだけの人数相手にケンカをするなど無謀だと。

しかし手を出すことはできない。立場故に、力なき故に。

一方未亜とリリィは驚きはしたが落ち着いている。

訓練の合間に見ることが出来る強さを知り、戦ったことによる実感で負けるはずがないと、

 

「どないしたん?なんや騒がしいけど。」

 

 唐突にマリーが現れ、大河達に声を掛ける。ベリオは思わぬ救いの手が現れたことに喜び助けを求める。

 

「マリーさん。今、蛍火さんと彼らがケンカになって。止めてください!」

「蛍火君、このままじゃ怪我しちゃう!! お願いです!」

 

 二人の悲痛な叫びにマリーの反応は薄い。それでもその声を聞いてマリーは蛍火の様子を見る。

気付いたようだ。蛍火が既に彼らを敵と認識しているということを。

 

「必要ないで。むしろ加勢したら邪魔になるわ。」

「でも、蛍火は丸腰だぞ。相手が刃物出してきたらどうすんだ!?」

 

 メリッサの顔色が青くなり最悪の予想をしている。ベリオも顔を顰め、マリーを促がす。

だがマリー、未亜、リリィは首を傾げるだけだ。

 

「お兄ちゃん。蛍火さんは魔力武具っていうのを持ってるから刃物が出てきても大丈夫だよ。」

「そうね。危なくなったらすぐに出すでしょ。」

 

 未亜の言葉にマリーは首を傾げる。彼女はてっきり暗器の事だと思っていた。

しかし、他に安心している者は違うものを想像している。彼女はまた隠し事かと思った。

 

「魔力武具っていったいなんだ?」

「えーとね。魔力の武器化って蛍火さんは言ってたよ。」

「そっ、そんな事が出来るんですか!?」

 

 未亜は何でもないことといった風に説明するが、ベリオには驚愕すべき内容だ。彼女は魔法を使うのでその仕組みをよく知っている。

未亜が言った事はベリオにとっては信じられない事だった。

大河とメリッサは未亜が言った言葉の凄さに気付く知識が無い故に首を傾げるだけだった。

 

「現に出来てるんだから信じるしかないじゃない」

「武器があっても危ないことには変わりないです! マリーさん!!」

 

 メリッサは蛍火を食堂の中でしか知らない。故にマリーに懇願する。

 

「何度も言うようやけど、大丈夫や。蛍火を倒すんやったらあんな数じゃ足りん。最低でも十倍はいる。」

というより、もしかしたら軍がいるかもしれないわね

 

 リリィが小声でぼやいた。その言葉はマリーにのみ届き、大河達には届かなかった。

 

「なんや。リリィちゃん。蛍火と戦かったんかいな。ご愁傷様やな。」

 

 蛍火の実力と精神のあり方を知っているからこそ、マリーもそう思ってしまった。

そしてそれを実感してしまったリリィに同情を向けた。

 

「まぁ、大丈夫や。心配せんでも見てみたら分かるからな。」

 

 そう言いみなが蛍火のほうを確かめる。

 

 

 

 

 

蛍火は息一つ乱さず、不良たちの攻撃をかわし続ける。体を捻り、足を挙げ、時に回転しながら攻撃を避けるだけ。

蛍火は一度も手を上げていない。腰に佩いている小太刀を抜けば簡単に腕の一本や二本飛ばすことが出来る。

だがしない。それは慈悲ではなくその方が精神的にダメージを与えられるから、そして痛めつければ学園の評判を落としてしまう可能性もあるからである。

 不良たちは無駄な動きをさせられ息も絶え絶えで動きに精彩がない。ついにその中の一人が座り込んで諦めてしまった。

それに習い全てが座り込んでしまった。

 

当然だ。蛍火はケンカが始まってから一度も移動していない。同じ場所で最小限の動きで避けていただけだから。

 

「何してるんだ!!速くそいつを叩きのめせ!」

「そういうお前はかかってこんのか?意地ぐらいはあるだろう」

 

 蛍火はかかってこないリーダー格の男を挑発する。一人だけ逃がす気は無いのだろう。

その言葉に男は我慢することが出来ず、腰に刺しているレイピアを抜き蛍火に襲いかかる。

 

「バカが…」

 

 マリーが吐き捨てるように言った。彼女はこの中でもっとも剣と共に生きてきた。故に剣を抜くという事の意味を知っている。

殺す覚悟があるのなら、殺される覚悟も持たなければ成らないということを。

 

 リーダー格の男は武術を習っていたのか、雑魚とは異なるようにそれなりに綺麗な刺突を何度も放つ。

だが、蛍火はその切っ先が見えているかのように、いや、実際見えているのだろう。

それを掠らせもしないで、最小限の動きで避け続ける。

 いい加減、リーダー格の男も業を煮やしたのか、今までとは違う重みのある必殺の刺突を放った。

 それに対して蛍火は迫ってくるレイピアに左手を差し出した。まるでそれで防御するかのように。

 

 

 

そして当たり前のように剣は蛍火の手のひらに突き刺さる。

剣は蛍火の手のひらを貫通し、剣をつたい蛍火の血が地面に滴り落ちる。

リーダー格の男はその蛍火の様子に薄ら笑いを浮かべる。自分に逆らうからだとその笑みは語っていた。

 その行動に救世主候補たちや、マリーたちは驚き蛍火の正気を疑った。

今まで避け続けていたのにわざわざ受け止める必要など感じない。

 

「どうだ?人の肉を穿つ感触は。気持ちいいか?悦楽を感じるか?それとも何も感じないか?」

 

手にレイピアが刺さったことを気にしていないかのように問いかける。

その様子に薄ら笑いを浮かべていたリーダー格の男の表情が硬直する。

痛みを受けて、尚変わらない態度。その姿に相対しているものはただただ戦慄した。

そして、有り得ないことに蛍火はさらに手を差し出すようにして剣を手の平に埋め込ませていく。

血をさらに滴らせ、蛍火の手の平に食い込んでいく。その様子にメリッサがかなり青ざめていた。

そして、切っ先は心臓を突き刺せる位置まで移動させていた。

だと言うのに蛍火はまるで変化を表さない。

 

「あと少し力をこめれば俺を殺せるぞ?ほんの少しだけだ。お前に俺を殺すことが出来るか?その覚悟があるか?

刃を抜くその意味をお前は知っていたのか?」

 

 痛みに顔をしかめることもなく、唯々純粋に問いかける。そんな事を普通の者は出来ない。

 その時になってようやく蛍火がどれだけ異常な存在か。

自分如きが手を出してはならない存在だということに男は気付き、腰を抜かしてしまう。

 

「この世界は何をしても許される。その代わり何をされても認めるしかない」

 

 その声に抑揚はない。ただ事実のみを男に突きつけるために蛍火の口は動く。

 

「さて、この仕打ちに対しては何で返してやろうか?鼻を、もしくは耳をそぎ落とそうか?

それとも俺と同じように串刺しにしてやろうか?」

 

 もう、男は震えることしか出来ない。大河達も蛍火の言葉に反応し、止めようと走りよってくる。

その前に蛍火はナイフを取り出し、倒れている男の手めがけて突き刺す!

 

「な〜んて。冗談です」

 

 今までの態度を一変しておどけた様子になっている。地面に横たわっている男はただ失神しているだけで傷一つ無い。

ナイフは地面に刺さっていただけだ。大河達にとっていつもの蛍火に戻った。

Others view out

 

 

 

 

「ふふっ。驚きました?」

 

 マリー以外が唖然としている。殺したと思ったら傷一つつけてないし、表情も変わる。ついてこれるのは一度見たマリーぐらいのか。

 

「今までのは全部……演技ってことですか?」

 

 まだ、驚きが抜けてないのか言葉に精彩がない。

 

「えぇ、さすがに自分とは違う人を演じるのは疲れますね。あっ、そこの人達。この人をちゃんと家に帰しておいてくださいね」

 

 まだ、逃げていない不良に男を指差して伝える。学園に迷惑がかからないために少し脅しを掛けておくか。

 

「あまり、今日の事は言いふらさないで下さい。後、この人の父上にラプラスは何処にでもいるとお伝えください。」

 

 ラプラスは俺の暗殺時のコードネームみたいなものだ。

前回壁に血文字で『我、我が意にて欲に溺れし者を断罪する者。この(ふみ)を見て尚、欲に走るという者がいるのなら我が刃、汝の咽下に喰らいつくであろう。ラプラス』と書いておいた。警告のつもりだ。殺しすぎると観護が五月蝿いからな。

 ラプラスという単語にマリーだけが反応した。裏に影響力があるんだから当然か。まぁ、どうせ何も言ってこないだろうけど。

 俺の言葉を聞いた後、不良たちは帰っていった。俺も戻るとするか。

 

「さて、戻りましょうか。さすがに休みたいですし」

 

 先頭に立ち全員を促がす。ここにいたらまた騒がれる。もう、遅いかもしれないけどな。

珈琲買いに行く時またからかわれるの確定だ。憂鬱だね。

 

「ちょっと、蛍火。まだ血が流れてるじゃない。手当てしないと」

 

 ん? あぁ、そういえばそうだったな。戦闘中は痛みを切り離すからこれの事忘れてたよ。

リリィが俺の手の傷を見て顔をしかめている。貫通してるからね。

 

「ベリオ」

「はい」

 

 ベリオの魔法が柔らかい光となり俺の手を包み込む。ふむ、表面組織は完治したが中までは治らないか。

ちなみに骨に損傷はない。ちゃんと骨の隙間に刺さるようにした。

 

「んー。力がいつもより入りませんね。ヒルベルトさん。今日の訓練は無しでお願いします」

「まぁ、その手やったらしゃあないな。でも、晩飯は頼むで。用意しとらんからな」

 

 相変わらずずぼらというか抜け目が無いというか。まぁ、ずうずうしいが嫌いな性格ではない。

 

「分かりました」

「蛍火さん。どうしてあんな事したの?」

 

 戻ろうとしたのに未亜が俺を止める。声が怒っていて怖い。心配した上の怒りというものに近いな。

ふざけるわけにはいかないがあんな事って、どんな事?

 

「何のことでしょう?」

「蛍火さん。どうして剣を手に刺さるような真似をしたの!?」

 

 あー、その事か。なんて答えようか? 何となくしてしまいましたではさらに怒るだろうしな。

 

「えーとですね。指先で掴もうとしたんですけど失敗してしまって」

 

 という事にしておこう。その答えに当然、未亜は納得しない。しかもメリッサの目も怒ってしまっている。どうしよう?

 

「そんな危ないことしようとしてたの? できるようになったとしてもやっちゃダメだよ!」

「はい」

 

 素直にうなずくしかない。

 

「だいたい、蛍火さんは……」

「そうだよ。蛍火君は……」

 

 普段から余程鬱憤が溜まっているのかここぞとばかりに吐き出す。マシンガントークで攻められ休む暇も無い。

 

五分ぐらいで俺の精神はかなりのダメージを受けていた。

 

「そこらへんに、しておきな。大分参ってるじゃないか」

 

 知らないおばさんが二人を止めてくれた。いや、まったく知らないわけでもない。俺がよく通っている八百屋の奥さんだ。

 

「よくやってくれたよ。あいつらには私たちもうんざりしてたんだ。

それとあの言葉、私たちも今まで頑張って来たかいがあるって確認できた。これは選別だよ。たくさん食べてもっと強くなりな」

 

 と、抱えきれないほどの野菜を渡された。どうやって持ってきたんだ? 

その後も続々と俺のところに商店の人が来て色んなものを置いていってくれた。

魚屋からは一番高い魚を、肉屋からは軍鶏を貰った。

花屋の娘から、かっこよかったですと花を渡された時には、何故か寒気がした。

その後、メリッサにもてるんだねと言われ腕を抓られた。何故だ?

 俺はこの時、さらに革命者として地位を高め、人々に存在が知れ渡った。

後日噂を聞いた時には救世主候補と同じような扱いを受けていた。目立ちたくないのに、

 

 

 

 

 

 

 

 今日は未亜とメリッサと俺の合作で高級食材を料理した。メリッサは調理科にいる分、腕は確かだった。

毎日料理しているお陰か未亜の料理の腕前はかなり上がっている。初めて触れる高級食材にかなりうろたえていたが。

 リリィも入れての夕食は盛り上がった。大河は滅多に食べられない物をかき込むように料理に手を出し皆を呆れさせた。

 

 

 

 

 

一通り楽しい食事をした後、各々好きなことをすることになった。もちろん俺は喫煙タイムだ。

 ここ最近、喫煙していると誰かに遭遇する確立が格段に上がっている。例に漏れず、今日も人が来た。

 

「煙草は体に悪いわよ」

 

 リリィだった。気配で気付いていたが、話しかけてくるとはね。

 

「知ってます。でも、中々止められないんですよ。それで何か用でしょうか?」

 

 まぁ、わざわざこんな所まで来て俺に話しかけてきたんだ。それに楽しみの時間を邪魔されたのだそれなりの理由がなければ許せん。

 

「………」

 

 中々話を切り出さんか。難しい内容か。まぁ、いい。こちらとしても聞きたい事はあったし。

別にわざわざ聞くような内容でもないが。

 

「今日は楽しかったですか?」

「えっ?」

 

 考え事をしている最中で話しかけられたから聞いていなかったのだろう。

 

「大勢で買い物したり、夕食を摂ったりしたのは楽しかったですか?」

 

 彼女の心境がこの二日でどれだけ変わったのか。それは知っておく必要がある。

 普段、聞かれもしないことだからどういう風に言えばいいのか分からないのだろう。

それはとても簡単なことなのに、

 

「そうね。こんな日がたまにあるのも悪くない…かな」

 

 大河と一緒にいることで嫌悪感を出したりしなかったか。随分な進歩だ。だが、大河を認めるのはもう少し後だったはずだ。

時計の針が進みすぎているか。アクシデントを考えなかった俺が悪いか。

 

「そうですか。よかったです」

 

 俺がこれ以上聞くことはない。そのためまた沈黙が場を占める。そのことに俺は気にしない。リリィは別かもしれないが。

 

「私は、一人で勉強して強くなればいいって思ってた」

 

 それは感情の吐露。弱さを認めること。これでまた一つ彼女は強くなる。

それにしても過去形か。すでにその考えは変わってしまったのか。

 

「でも、いろんな人と接して一人だけじゃいられないって気付いた。

きっと、あんたが私より強いのは自分が一人じゃないって知ってたからだと思う」

 

 それは間違い、俺は常に一人だ。広がりは確かにある。だが、それは所詮仮面の上に成り立っているもの。

俺自身のものではない。俺はただ、戸惑わないだけだ。

 

「だから、……だから」

 

 ふむ、変なフラグが立ったか? まぁ、その内大河が塗りつぶすだろうな。

 

「次は負けない。覚悟しときなさい、蛍火」

 

 彼女は笑っていた。新しい覚悟を秘めて。それだけ言ってリリィは戻っていった。最後の言葉はとてもリリィらしい。

 それにしても、初めて名前で呼んでくれたか。俺より大河を先に呼んでやれよ。

 

 

 

 


後書き

 ごめんなさい。リリィ好きの方には本当にごめんなさい。

 ですけど、蛍火が救世主クラスと親交を深めるためにはリリィにフラグを立ててもらわないといけないんです。

 

 デートの後半で蛍火がまたしても黒くなりました。黒い蛍火は個人的にかなり好きなんですけど、

読者の皆様にとってはどうなんでしょう?

 

 次回は漸くカエデの登場としたいところですがその前にもう一人の大切な人物がいますから、その人物との出会いを書くつもりです。

 では次の話でお会いしたいと思います。





黒蛍火も中々いい味をしてて、俺も好きです。
美姫 「でも、黒ばっかりだと話が進まないわね」
だからこそ、仮面を被った蛍火が普段はいるわけだ。
美姫 「さて、蛍火の予定通りに事が進んでいるのかしらね」
あちこちでイレギュラーが起こっているような気もするけれど、果たしてどうなることやら。
美姫 「次回も楽しみに待ってますね」
待っています。



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