第7話 友情〜絆という名の大きな力〜

    *

 皆は俺の家に集まっていた。

 遊園地の一件から数日が経った。

 俺はその間ずっと眠り続けていた。

 目覚めたのは今朝である。

 皆はベッドを囲むように椅子に座っている。

 見舞いに来てくれたのだ。

「気分はどう?祐介」

 先輩が俺の顔を覗き込んでくる。

「かなりよくなりました」

 まだ全快ではないがぐるぐる巻きにされた包帯はもう取っていいだろう。

 というよりも速くこのミイラ状態から抜け出したい。

 おそらく美優希が手当てしてくれたのだろうが、目覚めたらこれなのだからたまらない。

「ミイラさん。よく似合ってますよ。棺桶も用意しましょうか?」

 と、ニコニコしながら静香ちゃんが言う。

「静香ちゃん。お世辞でもそんなことは言わないでくれ……」

 似合うのに。などと聞こえてくるが、ゴホンと先輩が咳払いをして話題を変えた。

「とにかく、よかったわ。怪我もだいぶ回復してるみたいだし。それじゃあさっそくで悪いんだけど、訊きたい事があるの」

 あの時シルフィスが言っていたことだろう。俺もぼんやりとだが聞いていた。

「シルフィスが言っていたことですね」

「ええ、どうしてあいつがダークマスターを庇ったの?」

「それは先輩にじゃなくて俺にダークマスターを倒させるためですよ」

「どうして?」

 先輩はそこが解からないといったかんじである。

「それが俺の過去を絶つための試練ですから」

「じゃあ、あいつが言ってたマスターっていうのは?」

 こちらにも心当たりがある。

「もう一人の俺のことです」

「えっ!」

 それを聞いて皆驚いた。

「あいつはもともと俺の中に潜んでいた闇で、分裂するとき一緒に切り離されたんです」

「そうだったの。それにしても初耳だわ」

 そりゃそうだ。今までこんなことを話したことはなかったのだから。

「でっ、どうするのこれから?」

「回復したらもう一人の俺に会いに行きます。決着をつけるために」

 それを聞いて先輩は複雑な顔をしている。

「そう、止めはしないけど無茶するんじゃないわよ」

「はい。解ってます」

「じゃあ、あたし達はそろそろ学校行くけどちゃんと休んでなさいよ」

 そう言って皆が立ち上がった。

 今日は平日でもう8時を回っているが、真が時を止めているので問題ない。

「それじゃ、大事にな」

「油断大敵、ゆっくり休んではやく怪我を治すことだ」

「お大事に」

 皆が口々に挨拶をして出て行った。

「私、見送ってくるね」

 そう言って美優希も出て行った。

    *

 私は皆を見送るために外へ出た。

「それじゃあ美優希。後は頼んだわよ。あいつの傷を癒せるのはあんたしかいないんだから」

 そう言う麗奈の顔が一瞬翳った。

「はい。任せてください」

 だが気付かない振りをして明るく返事をした。

「美優希は今日も学校休むの?」

「はい。そのつもりです」

「解ったわ。それじゃあ、あたし達は行くから」

 そうして皆は(きびす)を返して行ってしまった。

 私も家に戻ることにした。

    *

 美優希が戻ってきた。

「皆行ったわよ」

「美優希は行かなくてもいいのか?」

「うん、貴方の看病をしていたいから」

 それっきり黙り込んでしまった。

 俺もとくに喋らなかった。

 しばらくして美優希がポツリと呟いた。

「また……一人で行っちゃうの?」

「…………」

 俺は黙ったままだ。

「そんなの嫌よ。置いてきぼりにされるのはもう嫌。私も連れてって」

 美優希は必死に懇願する。

 俺は首を横に振る。

「……君を連れて行くわけにはいかない。あそこは危険だ。それに君は狙われているんだ。結界を張ってある家の中にいるほうが安全だ」

 なんとか美優希を説得しようとしたが無理だった。

「嫌っ!私を置いて行かないで。私を一人にしないで。不安なのよ、また祐介が私を置いてどっかへ行っちゃうんじゃないかって。それに約束したでしょ、守ってくれるって」

「俺だって不安なんだ!また俺のせいで君を失うんじゃないかって。もうあんな辛い想いはしたくないんだ!」

 俺は心の叫びをぶちまけた。

 美優希はそれに少し気圧される。

 構わず叫び続けた。

「俺はあの時のことを夢に見る度に思ってしまうんだ。どうして俺はあの時助けられなかったんだろうって。なんて無力なんだろうって……だから俺は覚醒した時、誓ったんだ。今度こそ守り切る、幸せにするって誓ったんだ」

 言い終わると肩でぜえぜえと息をした。

 美優希はしばらく呆気にとられていたが、やがてそっと俺を抱きしめた。

 そして優しく囁いた。

「一人でそんなに抱え込まないで。私にだって辛いことや悲しいこと、自分ではどうしようもないことがあるよ。でもね、祐介が傍にいてくれたから私は安心できたんだよ。それに祐介と一緒ならなんでもできるようなきがするの。自分でも不思議なくらいにね。だから祐介も抱え込んだりしないで。貴方の悲しみを私に分けて、ずっと傍にいたいから。その心を癒したいから」

 不思議な感じだった。

 とても暖かくて、優しくて、恋しくて、とても安らぐ。何故だろう?

 あー、そうか。そうだったんだ。

 俺は今更ながら悟った。

 それは俺の心が求めていたもの。

 寂しがりやの俺が求めていたもの。

 まるで幻覚から覚めたような感覚である。

 そう、一人でできなくても二人ならできる。

 俺は呟くように言った。

「一緒に行こう」

 美優希は眼を丸くして驚いていたが、やがて笑顔で頷いた。

「うん」

    *

 麗奈達は学校への道をぶらぶらと歩いていた。

 時刻は8時を回っていたが時を止めてあるので問題ない。

「祐介さん、一人で行くつもりなんでしょうか?」

 後ろからそんな呟きが聞こえてきた。

「そんなことは美優希が許さないでしょうね」

「それじゃあ………」

「二人で行くつもりでしょうね」

 後ろを振り向くと静香が心配そうな顔をしていた。

「でも大丈夫なんですか?またあんなことが起きたりしたら………」

 麗奈は苦笑しながら答えた。

「心配性ねえ、静香は。大丈夫よ。あいつは約束を破るような男じゃないわ」

「それはそうですけど……」

 静香はそれでも釈然としないようだが。

「まあ結局あたし達には見守ることしかできないんだけどね」

 自嘲気味に答えながら学校へと急ぐ。

「麗奈さん………」

「そんなに落ち込むことないって。何も全然力になれないわけじゃないんだからさ。なあ、零一」

 そう言って真は静香を励ます。

「横鳥の言う通りだ。それに友人ならば友を信じることも大切だ」

 零一も同意する。

「そう…ですね。そうでしたね。私、大事なことを忘れるとこでした。ありがとうございます」

 そう言って静香はニッコリと笑った。

 麗奈は満足げに笑った。

「まっ、そういうこと。あたし達はいつも通りにしてればいいのよ」

 そして一行は校門をくぐった。

 今日も退屈な一日の始まりだ。

    *

 私は山中に結界を張っていた。

 もうすぐ彼がここに来る。

 決着をつけるために。

「私の役目ももうすぐ終わりね。ずいぶんと長かったわ」

 夜空を見上げながら呟いた。

 私の役目、それは彼が過去を絶ち切るまで彼の負の力を全て引き受けること。

 彼が過去を絶ち切り、龍王剣の封印を解いて本当の姿に戻った時、私の役目は終わる。

 私の体には彼の力の半分が封印されている。

 もともと私は彼を守るための鎧“聖鎧”(セイント・アーマー)だった。

 彼が必要とする限り存在し守り続けた。

 必要とされなくなれば消滅する。

 それが私の役目であり運命なのだ。

 今は龍王剣に姿を変えている。

 とは言っても、本体と別行動をとることができる。

 だから私は今こうしている。

 昔はいつも二人で一つだった。

 神々と闇の戦い、神邪戦争の時も共に戦った。

 “聖鎧龍(アーマード・ドラゴン)”(アーマード・ドラゴン)として。

 その戦いで私達は分離してしまい、力が半分になってしまった。

 この試練が終わったら私はもう必要とされないだろう。

 何故なら彼は聖天使と結ばれたから。

 今彼に必要なのは私ではなく彼女なのだ。

 私のような道具がいつまでも必要とされてはいけない。

 人間の心は道具で守らなければならないほど弱くない。

 むしろどんな物にも変え難い強い力を持っている。

 “信じる心”それは無限の力となる。

 大丈夫。彼はもう負けない。

 だから私は見届けなくてはならない。

 共に生きたパートナーとして。

    *

 俺は考えていた。

 もう一人の自分のこと、リーアのことを。

 リーアとは俺があいつに付けてやった名前だ。

 彼女には名前がなかった。だから付けてやった。

 とても喜んでいた。

 俺が元に戻ったらあいつは消えてしまう。

 どうすればあいつを救えるんだ。

 俺とあいつは体が一つでも、それぞれに心を持っていた。

 今まで辛いことばかり押し付けてきたのに俺はあいつに何もしてやれないのか?

 悩んでも答えは出てこなかった。

 俺は仕方のく気分を紛らわすために風呂に入ることにした。

 まあ、なるようになれだ。

 それになにも完全体になる必要もない。

 今度は皆もついているのだ。

 あの時とは違う。

 そう思うと少し心が軽くなった。

 脱衣所に入ると明かりが点いていた。

「おや?確かここは消してあったはずだけど。まあいいか」

 俺は服を脱いで洗濯カゴの中に入れた。

 美優希の衣類も入っている。まあ、一緒に住んでいるのだから別におかしくはないが。

 俺はガチャリとドアを開けた。

 すると美優希がいた。

 お互い眼をパチクリさせている。

 先に口を開いたのは俺のほうだった。

「ごっごめん!」

 あたふたと慌てながら出て行こうとするのを美優希が後ろから抱きしめて止めた。

「待って!お願い、逃げないで。私は全然構わないから一緒に入ろ。ねっ」

 動けなかった。

 背中に当たる胸の感触が気持ちいい。

 とてもドキドキしている。

 耳元で囁かれる甘い声に負けてしまいそうだ。

 それに美優希と触れ合うことはかなり抵抗があるが嫌いじゃない。

 俺は溜息を吐いて答えた。

「解ったよ」

 それを聞いて美優希は驚きつつも嬉しそうに笑った。

「ありがとう。背中流そうか?」

「ああ。頼むよ」

「たまには、裸の付き合いも大事よね」

 それから背中を洗い始めた。

「祐介の背中って広いね」

 洗いながら感嘆の息が漏れた。

「そうか?」

「うん、広いよ。とっても」

 そう言われると何だか照れくさい。

「私ね、不安なの。これからのことで。貴方が突然いなくなっちゃうんじゃないかって、朝起きたらいなくなってるんじゃないかって」

 そっと背中に手を置いてゆっくりと話し始めた。

「そんなことないよ。俺は美優希を一人になんかしない、いやさせない。俺だって不安さ。でも美優希と一緒なら不安なんて何処かに吹き飛んじゃうさ。だから心配することない」

 俺は美優希を安心させたかった。

 彼女はいつも明るく振舞っているがとても寂しがり屋で繊細な心の持ち主なのだ。

 ちょっとしたことでもすぐに傷付いてしまう。

 まるでガラス細工のように。

 だから俺は彼女を守らなくてはならない。

 たとえこの身が滅びても。

「ありがとう、慰めてくれて。でもやっぱり不安は拭いきれない。それに怖いの」

 美優希の肩が小刻みに震えている。

「大丈夫。俺が安心させてやる」

 俺は美優希を強く抱きしめてやる。

 美優希はピクッと反応して体を強ばらせていたが、やがて力を抜いて頷いた。

「うん」

 




 あとがき

 

 こんにちは。堀江 紀衣です。

 いやー、今回は祐介さんがミイラで、美優希さんが大胆で、さらに麗奈さんはそっけないけど、意外に思いやりがありましたね。

麗奈「意外は余計よ」

静香「それにしても、祐介さんのミイラもったいなかったです。せっかく棺桶も用意したのに」

祐介「本当にしてたんだ……」

シルフィス「あのー、ところで何故わたしはミイラにされているのですか?」

真「棺桶に入るためだろ?」

零一「ほかに何があるというのだ?」

紀衣「それにしても美優希さんは、大胆ですね」

美優希「やっぱりあのくらいはやらなくちゃ」

麗奈「あたし達も負けてられないわね。さあ、行きましょう。紀衣さん」

紀衣「えっ?(ひょこ)行くってどこへ」

美優希「わっ、久しぶりの猫耳。健在してたんだ」

麗奈「最初のシチュエーションは、やっぱりご主人様とメイドでしょ」

紀衣「あっ、あの、いったいなんのことですか?ものすごく身の危険を感じるんですが…」

麗奈「大丈夫。最初は優しくするから。というわけで。静香、そこのミイラの処分は任せたわよ」

紀衣「あああぁぁぁあぁ〜。助けて〜」

静香「はい、解かりました。それではシルフィスさん。棺桶に入りましょうね」

シルフィス「それはお断りします。それより早くこの包帯といてくださいよ」

静香「安心してください。目が覚めたら、お花畑ですから」

シルフィス「それはいやですー!」

静香「あんまり、わがまま言ってると怒りますよ?それではこれをのんですださい。楽になれますよ」

シルフィス「いやなものは、いやなんです」

静香「(ブチッ)つべこべ言わずに飲めやっ!」

シルフィス「はぎゅう(撃墜)」

静香「さあ、皆さん火葬場に行きましょう」

祐介「……今、見てはいけないものを見たような」

零一「気にするな。気にしたら、負けるぞ」

 

 

 

 




いよいよ、もう一人の自分との戦いが。
美姫 「ゾクゾク。一体、どうなるのかしら」
次回が楽しみだな。
美姫 「本当よね。そして、もう一つの楽しみと言えば…」
あとがきだな。
美姫 「うんうん。ネコ耳にご主人様」
一体、次回はどうなっているのか!?
本編とあとがきの両方が楽しみなのである!
美姫 「それじゃあ、次回もお待ちしておりますね〜」
ではでは。



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