益州巴郡。

 

  都――洛陽の西南西に位置する街。

 

  その街の安宿に、一刀と張三姉妹は――今風に言えば――チェックインをしていた。

 

「う〜む……」

 

  節約しているとはいえ、一気に三人増えると……懐が寂しくなってきたぞ……。

 

「兄上、先に行ってますよ?」

 

「ん? あぁ…」

 

  そんな一刀の懐事情を、言っていないので恐らくは知らないだろう――いつの間にかなっていた――三人の妹達は一刀が料金を払っている間にチェックインした部屋へ向かう。

 

「旦那…」

 

「あ、はい…。何か……?」

 

  三人が部屋へ向かい、姿が見えなくなると安宿の店主が少々イヤらしい表情を浮かべながら話し掛けてくる。

 

「いやいや、お若いのに中々やりますねぇ……」

 

「は……? 何がですか?」

 

  当然、一刀にはその様なことを言われる筋合いはない。なので、店主に聞き返す。

 

 すると、店主は商売人故か、揉み手に低姿勢という相手に媚びる様な形で答える。

 

「惚けなくてもよろしいですよぉ……。あの娘さん方………旦那の奥方様でしょぉ……?」

 

「はぁ!?何を――」

 

「あ、いやいやいやいや。三人も奥方様がいらっしゃる。その上、その珍しい服に、豪華な2振りの剣。隠していても判りますよ……」

 

  一方的に話を遮り、その上、オーバーな身振りで語り始めた店主。

 

 秀麗達を妻だと勘違いしたりなど、何が言いたいのか解らないので、一刀も取り敢えずはこの男の話に耳を傾けようと思い黙る。

 

 一刀が聞く体勢になると、店主は僅かに間を置き、囁く様な小声で話を再開する。

 

「旦那は……ドコか富貴な御家柄のお方なのでしょ……?」

 

「は…!? いやいや、そんなことは――」

 

 突拍子もないことを言い始める店主に、一刀は否定の言を述べようと口を開く。が、またしても店主は一刀の言葉を遮り、語り始めた。

 

「そして!今は…物見遊山の途中……!お偉いさんに見付かると色々厄介なので、仕方なく…この様な安宿に御泊まり下さっている。そういう訳で御座いましょう……?」

 

  こちらの話も聞かず、なんつー勝手な想像を語りやがる……。呆れて言葉もない……。

 

  いや……だが……今までも宿に泊まる度に、怪奇の視線を投げ掛けられた。その理由は、こーゆーことか……。

 

  確かに、雪蓮から譲ってもらった宝剣――天狼、その上、先日謎の女性から戦利品としてもらった宝具――バルムンク。

 

 この2振りの剣は素人目にも価値ある物だろう…。

 

 そして、服。

 

  先日の左慈との闘いで服がぼろぼろになり、服を買う金も女の子三人の新しい服を買うのにほとんど持っていかれたため、新しい服も買っていない。

 

 今、着ている服は、こちらの世界に来る時に着ていた服――聖フランチェスカ学園の制服だ。

 

  制服の素材はポリエステルなので、それはさぞや珍しかろう……。

 

 それに加え、連れの三人は誰もが認める美少女。

 

  成る程……。確かに、そう誤解されてもおかしくない状況だ……。

 

「ち、違いますよ……。俺は右手と左足が不自由なので、旅の間、妹達に世話をしてもらっているだけですって……」

 

  一刀は否定するも、その説明では女の子三人が妻ではないとしか否定できていない。

 

  その唯一否定したことさえも、店主は信じた風もなく、軽く一刀に応じる。

 

「あいや、そうですか。では、そういう事にしときましょうか……」

 

  店主の表情はやはり若干イヤらしいモノだ。

 

  一刀はこれ以上話しても無駄と思い、秀麗達が居る部屋に僅かに感覚の戻った左足を引き摺りながら向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第二十三話:神託

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  一刀はチェックインした一階の部屋に時間をかけて辿り着き、部屋へ入ろうと扉に手をかける。

 

「ふぅ……」

 

  疲れる……。

 

  ああいう話を聞かない奴が一番めんどくさいンだよなぁ…。

 

「あにさま……!」

 

「グェッ!!」

 

  扉を開けた瞬間、紅色の幼い少女が弾丸となってのいきなりの奇襲。

 

  油断+未だに片足が不自由という最悪に近い状況では、紅色の少女――神麗の奇襲をかわせるハズもなく、後ろへ押し倒される。

 

  その際、神麗が床に叩き付けられないよう庇うために、咄嗟に神麗を両手で抱き締める。

 

「―――ってぇ〜〜〜……!」

 

「むふぅ………」

 

  神麗は腕に抱き締められた状態で顔を一刀の胸板に気持ち良さそうに摺り寄せる。

 

  こういうことは、今までも度々あった。

 

  神麗は心を許した相手には極度に甘えるらしく、最近は秀麗や瑠麗より一刀に抱き着くことの方が多い。

 

  そして、こういう時の周りの反応も、最早パターンと化してきた。

 

「こ、こら!神麗!!兄さんから離れなさい!!迷惑でしょ!!」

 

  一刀を『兄さん』と呼ぶのは普段は黒い髪を一本に纏めているが今は部屋に入り完璧にオフの状態らしく、黒い髪を下ろしている少女――次女の瑠麗だ。

 

  瑠麗は神麗が一刀に過剰に甘えると、いつも同じ様な台詞を吐きながら神麗を力強くで引き剥がす。

 

 そして、今回もその例に洩れず、神麗を無理矢理引き剥がす。

 

「いぃやぁ〜〜!!」

 

  それに対し、神麗は駄々っ子の様に激しく抵抗する。

 

  そして、そんな神麗に早くもシスコンの気が頭角を表してきたのか、上半身を起こした一刀がやんわりと瑠麗に言う。

 

「別に迷惑じゃないから、いいじゃないか?」

 

「それじゃあ、私がイヤなの!!」

 

「は? 何でお前が?」

 

  朴念人の名を欲しいままにする一刀には、瑠麗の言っている意味が嫉妬故の失言と気付くハズもなく、問い正す。

 

  ここまで言っても解らない一刀に、嫉妬という感情は純粋な怒りへと成り変わり、瑠麗は拗ねた様な声で答える。いや、これが答えかは甚だ疑問であるが…。

 

「もう!!知りません!!!」

 

  そう一喝すると、自分の寝床のスペースに向かう。

 

「何で敬語……?」

 

  やはり、一刀には解せない。

 

  そんな朴念人に、腰まであるサラサラの茶色い髪を櫛で結っている女性――長女の秀麗は呆れた様子もなく、慈愛溢れる笑みを浮かべながら応じる。

 

「今は、難しい年頃なんですよ、兄上……」

 

  むぅ…そういうもんか……?

 

  と言うか――

 

「なぁ…? やっぱり、秀麗が俺を『兄』呼ばわりするのは、若干ムチャじゃないか……?」

 

「あら…? どうしてですか…?」

 

  一刀の言葉に本当に解らないといった表情を浮かべる秀麗。

 

  その表情はいつも通り、慈愛溢れるモノであると一刀には思われた。しかし、一刀は気付いていない。

 

  そこから先は、踏み込んではいけない領域だと……。

 

「だって、秀麗は俺より歳う――」

 

「兄上」

 

  いつもと同じ抑揚のハズの声が一刀の言葉を寸断する。いつもと同じ抑揚のハズなのに、何故か一刀には身体の芯から本能に近い恐怖心を感じていた。

 

  秀麗は更に一刀の顔を真っ正面から見つめながら続ける。

 

「それ以上言えば………」

 

「それ以上…言えば……?」

 

  歯切れの悪いところで言葉を切る秀麗に、思わず生唾を飲みながら同じ台詞を復唱する。

 

「ふふふ………」

 

  しかし、そこから先が語られることはなかった。

 

  その代わり、秀麗のいつも通りの、眩いばかりの笑み。

 

  いつも通りだった……目、以外は……。

 

(目!!目ェが笑ってません!!)

 

  一刀が心の中でそう叫ぶも、その言葉は何とか呑み込む。

 

  吐いたら最後。

 

  本能が全警鐘を打ち鳴らしながら、そう語っていた。

 

  朴念人は、恋情には疎いが、危機回避能力は間違いなく一級品だった。

 

  その秀麗の素敵過ぎる笑みに、一刀はおろか、妹の二人までもが圧倒され、ガタガタと震えていた。

 

  その時だった。

 

「ぞ、賊だぁーーーーーーー!!!!」

 

「!!」

 

  宿の外から、そう叫ぶ男の声が聞こえてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

  大々的な黄巾賊討伐以後、――言うまでもないが――秀麗達は一刀と行動を共にしている。

 

  秀麗達は望んで乱を起こした訳ではなかったが、神麗を于吉達に半ば人質に取られている様な形だったため、仕方なく全力を尽くしてその乱を運営した。

 

  普通ならば、たった三人――事実上二人――の女の子が起こした乱など、スグに平定されるだろう。しかし、彼女等は魔術師だった。

 

  通常は表に出したりなどしない神秘を要所要所で披露することで、人々の心を掴み、また秀麗と瑠麗が持っていた人の上に立つ才能――カリスマ性は本人達が思っていた以上のモノで、乱はどんどんと拡大していった。

 

  その乱は決して弱き者――民を苦しめることはなく、常に腐敗した政治――最早政治と呼べる代物ではない――を取り繕う者を標的として行動を起こしていた。それが実行できたのは、一重に秀麗の手腕に因るモノだ。

 

  しかし、前にも述べた通り、秀麗は于吉達の魔の手から神麗を奪回し、今は一刀と共に行動している。

 

  頭を失えば、乱は自然と治まるだろう。秀麗だけではなく、一刀ですらそう思っていた。

 

  しかし、現実は違った。

 

  朝廷はとことん無能らしく、張角を討ち取ったと喧伝するのではなく、張角を取り逃がしたと大々的に喧伝していた。

 

  その理由は宦官の筆頭集団――十常侍(じゅうじょうじ)が対立する外戚派筆頭――大将軍・何進の勢力が増すのを恐れて、頭である張角を取り逃がしたことをねちねちと追及した結果、多くの人々が張角の存命を知るに及んだ。つまり、乱を治めるより私腹を肥やすことを優先したためだ。

 

  この結果、張角の存命を信じる多くの者が未だ蜂起し続け、中には「我こそは張角なるぞー」などと名乗る輩が――比較的信仰心の薄い連中の中から――出てくる始末だ。

 

  だが、黄巾の乱は、秀麗の異常なカリスマと優秀な手腕によって保たれていた。ために、秀麗を失った黄巾賊は当初の目的――漢王朝打倒より、目先の利益に目が眩んだ。

 

  結果、手綱を失った黄巾賊は、ただの賊と変わりない略奪の徒と化した。

 

  そして、その略奪の徒が、一刀達の居た街にまで現れた。

 

「クソ……!」

 

  まだ破損が治りきってないのに……。

 

  しかも、それは秀麗達も同じ。秀麗の魔術回路は未だに一部しか回復しておらず、瑠麗のキズも…表面的には治ってはいるものの、内面はズタボロ……。

 

  唯一、神麗だけは無傷だが――才能はあるが姉達の方針で教えていないため――魔術はほとんど使えない。

 

「あにさま……」

 

  神麗が不安そうな表情を浮かべながら一刀が着ている制服の裾をギュッ、と掴む。

 

  見ると、秀麗と瑠麗も脅されてたとはいえ、自分達がこの乱の原因であることを自覚しているため、辛そうなというか、やりきれないというか、とにかく罪悪感を感じているといった表情を浮かべている。

 

「………大丈夫だよ…」

 

  そう言いながら、不安がる神麗の頭を自由に動く左手で優しく撫でる。

 

  その手のおかげで不安そうな表情を神麗は僅かに崩す。

 

「…………結界を張るよ…」

 

 不意に瑠麗が立ち上がり言った。

 

  瑠麗は以前作った魔術礼装――砂の詰まった袋。勿論、細かい細工がたくさん施されている――を4つ取り出し、部屋の四角に置く。

 

  それだけで、普通の人間ならば、この部屋の存在すら認知しなくなる。

 

  しかし、いよいよ賊が街に侵入して来たのか外からは略奪される弱き人々の悲痛な叫び声と、それをまるでこの世で最高の娯楽であるかの様に笑う賊の野卑な声が地獄の協奏曲――狂想曲――を奏でる。

 

「ヒドイ……」

 

  秀麗はポツリと洩らす。

 

  この街を襲っている賊自身だって、嘗てはこの街に居る人と同じ様な生活をしてきたハズなのに、どうしてそんなことができるのか?

 

  何故、嘗ての自分と同じ境遇である人々を虐げるのだろうか?

 

  秀麗の心は、人の愚かさに対する虚構感、そして何より、自分自身に対する罪悪感に苛(さいな)まれる。

 

「………」

 

  そんな、えもいわれぬ表情を浮かべる秀麗を、心配そうとも無表情とも取れる表情で一刀は眺める。

 

  嫌ならば、目を瞑り、耳を塞げばいい。

 

  それでやり過ごしていれば、結界の張られているこの部屋に居る限り、安全且つ安心に過ごせる。

 

  なのに、秀麗は勿論、瑠麗も、一刀より幾分幼い神麗ですら裾を掴むだけでそこから目を背けない。

 

(強いな……)

 

  秀麗が見せた弱さ。俺は嘗て、それを間近に感じた。

 

  だが、三人揃えば、彼女達は、本当に強い……。

 

  この辛すぎる現実から逃げない。

 

  神麗も、龍に呑まれた時の記憶が薄々ながら残っているにも拘らず、潰れずにいる。

 

  きっと、この三人は…三人でいる限り、ずっと強いままだろう……。

 

  それに比べて……俺は……。

 

「? 兄さん……?」

 

  今まで座りながら神麗の不安を取り除くために、神麗の頭を優しく撫でていた一刀が突然その手を神麗から離し、立ち上がった。

 

  普段ならば、一刀にベッタリとくっ付く神麗を無理矢理ひっぺ返すのだが、今は大目に見ていた瑠麗が一刀のその突然の行動を不思議に思い一刀を呼び掛ける。

 

「………」

 

  しかし、一刀はその声に応えることもなく、ただ惨劇を映し出す窓をジッと眺める。

 

  瑠麗はそんな一刀を不審に思う。だが、そんな不審も一刀の左手に握られていたモノを視認すると一気に解消された。

 

  瑠麗の不審は解消されたが、それは決して良い結界には結びつかなかった。

 

  一刀の左手に握られていたモノとは雪蓮から譲り受けた宝剣――天狼であったからだ。

 

「兄さん……まさか……」

 

  瑠麗の愕然とした声に秀麗も事の重大さに気付く。

 

「兄上……」

 

  秀麗も信じられないといった声色で一刀を呼ぶ。

 

  一刀も今回はきちんとその声に応える。

 

  しかし、それは秀麗達が望んだモノとは程遠かった。

 

「秀麗たちはここに居ろ……。スグに戻るから……」

 

「な――――何、言ってんの、そんな身体で!!??」

 

  勿論、そんな提案に賛同できるハズもない妹達を代表して瑠麗が声を上げる。

 

  秀麗も神麗も、言葉にはしないが、同じ気持ちだといった表情を浮かべる。

 

「大丈夫だって……」

 

「何が大丈夫なのよ!!??兄さんが行くなら、私も行く――――っ……つ……!」

 

  一刀の何の根拠もない言葉では瑠麗を信用させるには至らず、堪らず瑠麗は声を荒げる。

 

  しかし、未だ完治には程遠い瑠麗の傷はその怒声を発するという行為にすら耐えきれず、痛みが込み上げてくる。その痛みに、堪らず瑠麗は踞(うずくま)る

 

「あ…こら、ムチャするな…」

 

「兄さん、にだけは……言われたくない、わよ……」

 

  自分の破損も経過は順調とはいえ、完治には程遠い状態にも拘らず、人の心配をする一刀に痛みを堪えながら指摘する。

 

「兄上……」

 

「何だ、秀麗……?」

 

  そんな瑠麗の小言を軽く流していた一刀に、今度は秀麗が話しかける。

 

  秀麗に向き直り、秀麗の表情を見ると、それは自分のことを非常に心配してくれていると解るモノだった。

 

「本当に……ムチャはしない、って誓いますか……?」

 

「え? ちょ、姉さん!?」

 

  しかし、秀麗から出た台詞は一刀は勿論、瑠麗も予想していないモノだった。

 

  その質問に、質問された一刀よりも瑠麗が早く応える。

 

「姉さん。兄さんの『ムチャしない』って誓い程アテにならないモノはないわよ!」

 

「失礼な奴だな……」

 

  前科があるだけに否定はできんが……。

 

「そうですね……」

 

  瑠麗の言葉に納得した様に秀麗も頷く。

 

  一刀は瑠麗の意見に賛同する秀麗にまたも「失礼だな……」と呟くも、やはり否定はしない。

 

  どうしたら一刀がムチャしないか、と秀麗は顎に手を当てながら考えていると、ふと視界に今までにないくらいに不安そうな表情を浮かべる神麗を捉えた。

 

  すると、閃いた、といった表情を浮かべると一刀に再び質問を投げ掛けた。

 

「では……ムチャしないと、神麗に誓えますか?」

 

「え…?」

 

  そう言われて、一刀は神麗を見つめる。

 

  神麗の心から心配そうな表情に一刀は思わず「う……」と唸ってしまう。

 

  秀麗があの神麗奪回作戦の後日、本当は洞窟で何もせず死ぬつもりだったが、神麗に約束したら、不思議とその約束は絶対守らなくてはと思ったという話を聞いたのを思い出した故の質問だ。

 

「……あにさま…………ムチャしない………?」

 

  キョトン、と不安そうな表情をそのままに小首を傾げる神麗。

 

  出会って間もない頃でさえ不思議と約束は守らねば、と一刀が思ったなら、シスコン――ロリコンではないぞ!――の頭角を表し始めた一刀には神麗との約束は反則技に近いだろうという秀麗の考えだ。

 

  そして、それは大当たりだった。

 

 諦めに近い溜め息を吐きながら一刀は神麗に答える。

 

「はぁ……。解ったよ。約束する……」

 

「ホントに……?」

 

  子どもは鋭い。

 

  一刀の言葉は真実ではあるが、ちょっと決意に欠けていた。

 

 神麗の不安を拭うために自分にできる極上の笑みを浮かべ、頭を優しく撫でながらもう一度神麗に答える。

 

「本当だ……。絶対ムチャしない。約束するよ」

 

「……………ん…」

 

  すると、漸く神麗も納得したのか一つ頷く。

 

  ちなみに、頭を撫でられる神麗を見て、瑠麗が羨ましいと思ったのは内緒だ。

 

「じゃあ……行ってくる……」

 

「約束………守って下さいね……」

 

  秀麗の言葉に一刀は肩を竦めながら「ああ…」と一言返事をすると、結界が張られている部屋の窓から外へと出ていった。

 

「………」

 

  残された三人の妹は、ただ兄の無事を祈るしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

  一刀の戦闘スタイルを一言で言えば“不思議”である。

 

  動きは雑兵に値する人間でも別に捉えきれない程速くはない。

 

  しかし、巧く人の意識や反応から外れることで敵に近寄り、仕留めるという長年培ったハイレベルな技術と洞察力により可能なる何とも言い表し難い、不思議な戦闘スタイルだ。

 

  更に不思議なことに一刀は一対一より、多対一、若しくは多対多の方が強い。

 

 それは、一刀が戦う才能――生き残る才能に長けているために、乱戦の方が自然と有利になるからだ。

 

  更に、一対一を挑んでくる様な者は腕に覚えのある者がほとんどである。逆に多対一や多対多を挑んでくる者はさほど腕に覚えのある者であることは比較的少ない。よって、一刀は好んで多対一、ないしは多対多をやっていたためだ。

 

  そもそも、一刀の戦闘とは基本的に二回目以降の闘いのことを意味する。

 

  つまり、一刀にとって、今の状況は好ましくなかった。

 

「変な闘い方をする人だね〜♪」

 

  片腕、片足が不自由にも拘らず、ほとんどその場から動かずに流す様に敵を斬る一刀を見て、そう表現するのは隊長格と思わしき女性だ。

 

  その隊長格の女性は跳ねグセのある黒い髪を赤いヘアバンドで止めて、凛々しい顔を面白いといったモノにしながら距離を縮めてくる。

 

 その女性を一刀は無言で観察する。

 

「………」

 

  マズイな……。

 

  今までの雑兵は軽く流す程度でどうとでもできたが、こいつはヤバい……。

 

  星(趙雲)や彌紗(魏延)に比べたら一回り小粒な感があるが…普通に考えてメチャメチャ強いぞ…。今の俺じゃあ勝てそうもないな…。

 

「面白いっ……!」

 

  本当に面白いといった表情のまま女性は好戦的に一笑すると肩にかけていたマントを投げ捨てる。

 

  女性はそのまま周りを取り巻く部下に話し掛ける。

 

「ボクが相手する…。みんな、手出ししないでね!」

 

  凛々しい顔を可愛らしくしながら部下に笑いかける。

 

「………」

 

  どーにかして逃げなきゃ……。

 

  闘って勝てる相手じゃないし…神麗との約束もあるしな……。

 

「ほんじゃ、イクよ〜!」

 

  緩い空気を纏ったまま自分の身の丈より少し大きいくらいの薙刀を構える女性。

 

  それだけで、女性の空気は一辺。その凛々しく整った顔同様、ピンと張った様な緊張感を纏ったモノへと変貌を遂げた。

 

  その空気は、一刀の観察通り、ただの雑兵とは段違いのモノだ。

 

  一刀がどうにかして逃げるタイミングを探すも、とてもじゃないがこの女性からは逃げきれそうにない。

 

(二合……)

 

  実際に闘いを見たことがないから、確実とは程遠いかもしれないが……今の俺に防げるこの女性が放つ本気の攻撃の回数はそれが限度…。

 

  恐らく、最初の一撃は小手調べ。故に防げるとは思う。

 

  だが、それ以後は全くの未知数。主に自分に不利な方向に……。

 

  フットワークを使われ、右手方向に周りこまれた万事休す。

 

  逃げ道はあるが、今の状況では無理……。

 

  ちっ……本格的にヤバいかもな……。

 

「――――ハッ!!」

 

  一刀がコレからの行動を謀っていると、女性は掛け声と共に、薙刀を上から下へと振り降ろす。

 

  ブゥン!!

 

「―――――っ……」

 

  キィン!

 

  一刀はその一撃を何とか受ける。

 

 しかし、その一撃は速さはそこまでだが予想以上に重い一撃だ。いや、はっきり言って異常な重さだ。

 

(こいつ……いきなり小手調べなしで……)

 

  本気だ……。

 

  初撃からいきなり本気かよ……!

 

  普通、初対面の奴と一対一で対決する時は自ら闘って、ある程度相手の力量を計るってのがセオリーだろ!

 

  それをいきなり無視して全力投球かよ!

 

  マズイ!左手一本、更に右足だけじゃ踏ん張りも効かない…!

 

 受けきれない…!

 

「―――うぁっ……!」

 

  そのまま押しきられる様な形で一刀は尻餅を着く。

 

  そんな一刀の鼻の頭に女性は薙刀を突き付ける。

 

「な〜んだ……つまんないなぁ……」

 

  今までとは全く違う闘いぶりの一刀に、期待外れといった表情を浮かべながら呟く。

 

「こんなムナクソ悪い略奪で…よーやく楽しみが見付かったと思ったのに……こんなモンか……」

 

「悪かったな……」

 

  そう言うしかない。

 

  万全だったなら、とは思うが、んなのはただの負け惜しみ。

 

 こいつを計り違えた俺の負け…。

 

  はぁ……参った……神麗との約束…守れそうにない……。

 

「………え?」

 

  一刀がこんな状況下にありながら、神麗との約束を守れないことを悔いていると、女性は突き付けた薙刀を一刀から離し、下に向ける。

 

  その行動に、一刀は思わず理解不能といった声を上げる。

 

  そんな状況が理解できない一刀に女性は戦闘前の軟らかい雰囲気に戻し、話し掛ける。

 

「うん。キミは惜しい!今度会う時までには、身体、万全にしといてね!!」

 

  雰囲気だけではなく、表情も戦闘中の凛々しい顔とは打って変わり、軟らかいモノへと変わる。

 

「はあ!? 」

 

  信じられない。

 

  だって、自分の仲間を斬った男だぞ!敵だぞ!

 

  それを見逃すって……。

 

「それに………もっと面白いモノ、見つけたし……」

 

  言葉通り、女性は表情を本当に面白いといったモノにしながら、顔を違う方向へと向ける。

 

  だが、その面白いといった表情は、一刀と対峙していた時より幾分か緊張に近いモノを孕んだモノだ。

 

  その証拠に、今まで全くかいていなかったハズの汗が、女性の頬に一筋すうと伝う。

 

  一刀も女性が視線を向けた先にある、強烈としか著せない存在感を感じ取る。

 

 

  やがて、その存在感の主はただ歩くだけで、雑兵達に道を作らせながらコチラに向かって歩き続ける。

 

  そして、その存在感の主が女性の前にきた時だ。

 

「………」

 

  女性は一刀からは見えなかったが、表情を面白いといったモノから、まるで神でも仰ぐかの様なモノに変えて――中国でよく見られる手の組み合わせをしながら片膝を着く――臣下の礼を取る。

 

  そうして、一刀は初めてその異様な存在感の持ち主を見る。

 

  雲っていたハズの空から、陽の光が差し込む。

 

  衝撃だった…。

 

  頭をガツンと打たれた様に、だ。

 

  別に、その人物が女性だったことにショックを受けた訳ではない。

 

  この世界に来て――情けないことだが――自分より強い女性などたくさん見てきた。なので、今更、んなことで驚いたりしない。

 

  衝撃を受けたのは、その女性の美しさにだ。

 

  雲の隙間から差し込まれた陽光は、ただでさえ美しく風に靡(なび)く黒髪をキラキラと照らし、更に美しく見せる。

 

  しかし、その黒髪さえも、彼女を引き立たせる一因に過ぎない。

 

  その圧倒的な存在感を持つ女性は、さっき俺を一撃で圧倒した女性同様に臣下の礼を取りながら一刀に向けて声を発する。

 

「御迎えに上がりました」

 

  その声も、また琴の音色の様に美しい。

 

「ご主人様……」

 

  それが、俺、後に人々から大々的に天の御遣いと称される男――北郷一刀と、後に軍神と謳われる武将――関羽雲長との出会いだった。

 

 

 

 


あとがき

 

早すぎる更新です。

 

ども、冬木の猫好きです。

 

ちょっと野暮用で一ヶ月ぐらい更新できそうにないので、今回の話だけは即行で書き上げました。なので、いつもの様にある誤字脱字がいつも以上にあるかもしれませんが御容赦の程を宜しくお願いします。

 

さてさて、関羽(愛紗)と一刀ですが、ギリギリ出会えました……。

 

いつも各話ごとにどこで切ろうか悩むんですが、今回は関羽(愛紗)と一刀が出会うところまでにしました。

 

それにしても関羽は凄いですね。歩くだけで雑兵を退け、一刀を一撃の下に粉砕した女性――名前は次の話で判明させる――を何もせず臣下にする。後に軍神と呼ばれる英雄に相応しい登場………と、私は自己満足しております。

 

実は、最初に一刀と出会うのは劉備にしようか悩んだンです。だって、“真”・恋姫†無双ではメインヒロインですから…。

 

でも、この小説は無印の恋姫†無双を元ネタとする、と20話のあとがきに書いたので、やっぱり無印恋姫†無双のメインヒロインは愛紗ということで関羽と先に出会ってもらいました。

 

まぁ、ぶっちゃけ劉備だと「色々やりにくいかな?」と思ったりもしたから、という理由も僅かにありますが……。

 

ということで、コレからも「恋姫†無双」が元ネタ――“真”ではない!――のこの小説。コレからも、生暖かく見守って下さい。

 

それでは、今回はこの辺で。また次回、お会いしましょう。




ピンチかと思ったけれど、ここで一刀と関羽が出会うことに。
美姫 「ここからどうなっていくのかしらね」
既に一刀は色んな人に出会っているからな。
どんな展開になるのか楽しみです。
美姫 「次回も待ってますね」
ではでは。



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