足が重い……。

 

  左慈との闘いによるダメージ回復、ポセイドンの詠唱破棄、瑠麗のキズを治すことなどに魔力を使い過ぎた……。

 

 ヤバいな………。もう使える魔力が、ほとんどない…。

 

  ギギッ

 

  ギギッ

 

  一歩踏み出す度に…金属が軋(きし)みあう様な音まで聞こえ始めてきた……。

 

  何だか…自分で自分の身体がどうなってんのか…解らなくなってきた……。

 

  でも……こいつ等を助けるって決めた……。

 

  だから、あと少し……最後まで…やり遂げる……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第二十二話:神の祝福

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「秀麗……」

 

「あ、はい……」

 

  末妹――張梁こと神麗を抱き締めていた長女――張角こと秀麗に話し掛ける。

 

  当初の計画を知っている秀麗は名残惜しそうに神麗から身体を離す。

 

「……? だぁれ……?」

 

  身体を離された神麗は見覚えのない人物に可愛らしく首をちょこん、と傾げる。

 

「え? えっと……」

 

  詳しく話してる程の余裕もないし、話してもこの幼い神麗に理解できるのかと思い、どう答えたモノかと悩む秀麗。

 

  暫く考えた末、秀麗は思い付いた、と言わんばかりの明るい表情で答えた。

 

「兄上ですよ♪」

 

  それはもういい笑顔で仰いましたとも、えぇ。

 

  まぁ、ややこしい事になるよかましだけど……そんなんで納得するかな…?しないだろうなぁ…普通……。

 

「………」

 

  ホラァ……納得いかないっていう様な目で見てるよ…。

 

「あにさま………」

 

「え……? 」

 

  今、何と…?

 

「ん…」

 

  しかし、――人見知りなのか――スグに秀麗の後ろに身を隠してしまったために、それを聞き返すことはできない。

 

「ふふ……」

 

  そんな神麗に今まで――状況が状況だっただけに――見たことない程嬉しそうな笑みを浮かべる秀麗。

 

  しかし、スグにその緩んだ表情を直し、神麗に話し掛ける。

 

「シェン……ちょっと、一刀殿――いえ、兄上の言う通りにしてくれない……?」

 

「………」

 

  秀麗の言葉に少々不安そうな表情を浮かべる神麗。

 

  それはいいが……お前も“兄上”で通す気か……?

 

「ダメ…かな……?」

 

  そんな神麗の瞳を真っ直ぐに見つめながら一刀は訊ねる。

 

「………(コクン)」

 

  暫く神麗は一刀の瞳を見た後、無言のままで頷く。

 

  恐らくは同意の意味だろう。

 

  そう捉えた一刀は神麗に近付く。

 

  途中、ちょっと半歩くらい後退りをしたが秀麗が手を握っていたため、それ以上逃げることはなく一刀は神麗の傍まで近付けた。

 

「………」

 

  そうして、おもむろに玉を左手に握り、取り出す。

 

  その行為に神麗は怯えた様にビクッ、と反応し、またも逃げる様に後退りをする。

 

  神麗も魔術に精通しているためか、一刀の取り出した玉に籠められた以上な魔力を感じたのだろう。

 

  だが、隣にいた秀麗の「大丈夫だよ」と笑みを見て安心したのか、神麗も今度こそ足を止める。

 

「……………」

 

  目を瞑り、左手に握り締めた玉に意識を集中する。

 

  すると、玉が光を放つ。

 

  その眩いばかりの光は、握り締めた拳から溢れ――ほとんど光源のなかったため――少し先は見えない程暗かった洞窟を照らす。

 

「――――」

 

「――――」

 

  放たれた光から感じ取れる膨大な魔力。

 

  しかし、二人が感じ取ったのは魔力ではなく、暖かさ、優しさといったおよそ魔術では感じられるモノではないハズのモノを感じる。

 

  そして、その暖かさ、優しさに何故かは解らないが、秀麗と神麗は思わず息を呑む。

 

「目を瞑って…」

 

「………」

 

  できるだけ優しい声でお願いしたつもりだが、やはりさっき会ったばかりの人物の言う事をおいそれと聞くのも憚(はばか)れるのか神麗は無言のまま一刀ではなく、秀麗を見詰める。

 

  神麗の不安を感じてか、秀麗はそんな神麗の頭を風の匂いがする手で優しく撫でる。

 

「ん………」

 

  それだけで安心したのか、神麗は目を瞑る。

 

  そして、一刀は玉を握る左手を神麗の腹部に押し付ける。

 

「―――――――――っ!!!!!」

 

  発する声は苦し気だ。

 

  そんな神麗の身体を、玉から発する光が包む。

 

 更に強まる光に何があろうとも目を背けまいという決意を持っていた秀麗だが、その光の強さに堪らず目を瞑ってしまう。

 

「――――――」

 

  …………あったかい…?

 

  まじゅつが、あったかい…?

 

  わからない………。このヒト――あにさまは…わからない……。

 

  でも……とっても…やさしい……。

 

  …………あねさまみたい……。

 

  あねさまみたいに、とっても“しあわせ”が…ある…。

 

  りゅうあねさまや、あねさまと3人でいたころみたいな、“しあわせ”がある“あたたかさ”……。

 

「………」

 

  次第に光は弱まる。

 

  そして、秀麗が漸く目を開くと、そこには以前と変わらぬ愛らしい姿の神麗がいた。

 

  紅色の長い髪が、魅力を引き立てる、最愛の末妹が……。

 

「シェン……」

 

  安堵の表情を浮かべながらその小さな少女を抱き締める。

 

「ん………ん……」

 

  突然の姉の行動に、あまり感情を表さないハズの神麗であるが最初は驚きを、次第にその暖かく、“しあわせ”を思い出させる感覚に頬を緩める。

 

  そうしている内に自らの身体の変化に気付く。

 

  変化といったが、コチラの方が正常である。

 

  全てが犬歯の様に尖っていたハズの歯は元通りになり、牙の様に鋭い爪も人間のそれと同様のモノになり、所々、龍の鱗に変化していた部分も今ではもっちりツヤツヤの神麗本来のモノになっていた。

 

「……………あ、れ…?」

 

  いきなり、龍の部分がなくなれば、神麗が疑問の声を上げるのも無理ない。

 

  そして、世界より大事な妹――神麗が違和感を感じていると解れば、当然秀麗はスグに異常を確認するに決まっていた。

 

「どうしたの!!??ドコか痛いの!!!??」

 

「………(ふるふる)」

 

  少し怖いくらいの勢いで話し掛けてくる秀麗に言葉は使わず、動作――首を左右に振る――だけで答える神麗。

 

「いきなり元の身体に戻ったから驚いてるだけだろ」

 

  そんな姉妹の掛け合いをいつの間にか、少し離れた岩に腰を下ろしていた一刀が話し掛ける。

 

「そうなの、シェン?」

 

「………(コクン)」

 

  またも、言葉では答えない神麗。

 

  通常なら何か心配に思うところだが、神麗が元からあまり会話――というか、言葉を口にしないのは姉である秀麗はよく理解していたので神麗の頷きに、特に心配した風もなく再び安堵の表情を浮かべる。

 

 そんな二人を眺めながら、二人に聞き取れない様な小さな声で呟く。

 

「ま、その反応は当然か……」

 

  ある日突然、不治の病が治った様なモンだしな…。

 

  俺が使った魔術は、対龍種専用の魔術。

 

  龍種にしか効かない魔術で、龍種以外に使っても全く害も益ももたらさないモノだ。

 

  つまり、俺は神麗の中にある“リュウ”だけを殺したのだ。

 

  この作戦は一か八かだった。

 

  何しろ、神麗が100%リュウになっていたなら、神麗を完璧に殺してしまう結果になるし、60%以上リュウになっていても、人間機能に後遺症を残す可能性もかなり高確率であった。

 

  だが、先程の瑠麗や秀麗との会話などのお陰で、身体的なところ以外、人間――自我を取り戻していた様だから後遺症が残る可能性もかなり低くなっていた。

 

  まぁ……何はともあれ……。

 

「んふっ……」

 

「………むふぅ〜〜」

 

  二人の笑顔が見られて……良かった。

 

  一刀が、互いに微笑み合う二人を眺めながら、心の底からそう思っていると……。

 

  ドスンっ!!

 

「―――っ!」

 

  すぐ傍から轟音が響いてきた。

 

  秀麗と神麗も、一刀同様にビクッ、と身体を震わせる。

 

  三人が見た先には、天井から崩れてきた岩があった。

 

「マズッ!のほほんとしてる場合じゃない。秀麗」

 

「あ、はい…」

 

「瑠麗を背負って、先に洞窟から出てくれ」

 

「え? でも…兄上は…?」

 

  やっぱ、兄上なんだね……。

 

 まぁ、それはおいといて…と。

 

「まだ終わりじゃないだろ?」

 

「………」

 

  一刀の言わんとする事を察して言葉を呑み込む秀麗。

 

  この洞窟にはバルムンクによって、神麗から搾取した膨大な魔力がプールされている。洞窟が崩壊すれば、その魔力も溢れ出す。

 

  そうなれば、溢れた魔力は濁流の様に周辺を洗い流してしまう。

 

  その威力は整った魔力――魔術という形にすること――に比べれば、大したことはないだろう。しかし、今から洞窟内を脱出する一刀達が巻き込まれることは必至だった。

 

  それをどうにかせねば、助かることはできない。

 

 それは秀麗も理解していた。それを理解していたから言葉を呑み込んだのだから。

 

  しかし、それが今の一刀に――いや、この場に居る誰かにできるだろうか?

 

  答は否定だ。

 

  万全の状態ならいざ知らず、今の一刀は乾拭き雑巾の様に全くと言って良い程に魔力不足。秀麗は未だに魔術回路はほとんど焼き切れている。

 

  それに加え、先程から一刀の様子がドコかおかしいのだ。

 

  どの辺がおかしいのかと聞かれれば、判らないと答えるしかないが、とにかくドコかおかしいのだ。

 

  だが、例えそれが判ろうが判るまいが、結果は同じ。プールされた膨大な魔力をどうにかしないと、ここまで来て結局は誰も助からない。

 

  そのため、返答に窮していると不意に幼い声が響く。

 

「あにさま……だいじょうぶなの……?」

 

  様々な心算があるなか、何の他意もない、ただ一刀が無事帰って来られるかどうかを気遣う神麗の言葉が響く。

 

「………ふっ。大丈夫だよ…」

 

  幼い神麗の純真な言葉。

 

  その言葉を耳にして、一刀は軽い笑みを浮かべながら答える。

 

「…ん………」

 

  その言葉を聞き、単純ながら安心したのか、神麗はあまり感情を感じさせない表情で頷く。

 

「いこ……あねさま……」

 

「え? あ、ちょっと、引っ張らないでください…!」

 

  決断したなら即実行。

 

  そう言わんばかりに神麗はスグに秀麗の手を握り洞窟の外へ向かおうと引っ張る。

 

  一刀は未だに座ったまま、そんな様子を眺めていた。

 

  暫くそうしていると、三人とも見えなくなる。

 

「……………まったく……」

 

  神麗には敵わない予感がするな……。

 

  俺はゆっくりと立ち上がろうと右足に力を入れる。

 

「うわっ、と…」

 

  片足だけで立つのは、案外難しいな……。こりゃ、歩くのもキツそうだな…。

 

  ゆっくりと立ち上がった一刀は、これまたゆっくりと天井が崩れ落ちる洞窟をほとんど片足だけで歩く。

 

  そう。先程の、神麗の中の龍を殺す魔術で今度は左足が破損したのだ。

 

「うぉ……」

 

  危ねぇ…転けかけた……。

 

  たっく……震動で、足場が安定しない……。まともに歩けない状態な上、これじゃあ……更にキツくなるな…。

 

  ホント……あんな約束しなきゃよかったかなぁ……。あそこで神麗にウソ言えば、こんなに苦しまなかったかもしんない……。

 

 でも…何か、ウソ言えなかったンだよな……。

 

  不思議な娘だな……神麗って……。

 

  正直なところ、俺はもう諦めていた。

 

  ただでさえ魔力不足で歩くのも辛いのに、片足までも損傷した俺じゃあ足手まといだ…。

 

  だから、俺を置いて行けば……或(ある)いは……。そう考えていた。

 

  だけど……約束しちまったしな…。

 

  だから………だから、俺は……。

 

 

 

 

 

 

 

 

  ぼろぼろの身体を引き摺る様な形で、一刀は歩き続けた。

 

  その道のりには于吉が仕掛けていると思われた罠もなく、万全の状態なら全くと言ってもいい程に平坦なハズだった。

 

  しかし、一歩踏み出すことさえ苦痛な今の一刀には千里にも相当した。

 

「やっと着いた……」

 

  一刀は左腕で壁を付き、体を支えながら魔力がプールされている場所に何とかたどり着いた。

 

  俯けていた顔を上げると、そこには絶望的な光景が広がっていた。

 

  プールされた魔力の量は、一刀が予想していた量を遥かに凌いでいた。

 

「………」

 

  後ろから轟音が響く。崩れた天井の一部が落ちる。

 

  しかし、それに構う余裕すらない。

 

  今、目の前に広がる絶望をどうするか。

 

  まだ、諦めるには至らなかった。

 

  取り敢えずというべきか、一刀は残り三個になった切り札――玉を取り出す。

 

「貴方が望む幸せは、そこに存在するのですか?」

 

「? 誰、だ…?」

 

  突然響いた女性の声。

 

  その声がした方を見ると、一刀には見覚えのない神々しい雰囲気の女性がいた。

 

「貴方の望む幸せは、そこに存在するのですか?」

 

  一刀の問いに答えることはなく、純白のワンピースを纏った女性は一方的に質問を繰り返す。

 

  通常ならば、そんな女性に構ってなどいられない状況なのだが、その女性の圧倒的な存在感に一刀は呑まれ、自然と答える。

 

「解らない……」

 

 紛れもない事実。

 

 自分の望む幸せなど、一言で表せない。

 

 一刀の解答に女性は納得も不満も感じさせない表情で頷き、再び問う。

 

「では…貴方は何故、彼女らの手助けをしたのですか……?」

 

「これは俺が勝手に始めたことだから……」

 

  悩む必要はなかった。

 

  自分がとにかく、そうしたかったからだ。

 

  瑠麗が優しい娘だと知っていた。秀麗が弱い娘だと解った。そして、そんな二人が最愛の妹と三人で本当に笑い合う姿を見てみたくなった。

 

 そう思い、俺が勝手に始めた。言うなればおせっかいだ。

 

 俺が勝手に始めたことだから……俺が、責任を取らなくちゃならない…。

 

「貴方が命を賭けた理由が……たった、それだけですか…?」

 

「………(コクン)」

 

  完結な一言に初めて感情――主に困惑――を露にする女性。

 

  そんな単純な理由で、他人のために命懸けになる人間など普通いない。まぁ、一刀を普通の物差しで測ること事態間違いなのだが…。

 

  その質問に、最早喋ることすら億劫になったのか、頷きだけで肯定の意を示す。

 

  女性は不思議生物を見るかの様な視線で一刀を見る。

 

  すると、不意に「成る程」と呟き頷くと再び言葉を発した。最も、それは一人言に近いモノだ。

 

「確かに貴方は…この世界に新たな“幸福”をもたらすかもしれませんね……」

 

  その呟きを、一刀は聞いていなかった。

 

  一刀は目の前にある膨大な魔力をどうにかしようと、壁を伝いながら再び歩きだしていた。

 

  女性は表情をまた感じ取れないモノに戻し、指をパチンと鳴らす。

 

  すると、黄金の柄に青い宝玉が埋め込まれた西洋剣――バルムンクが一刀の行く手を阻む様な形で地面に突き刺さる。

 

  一刀は『どういうことだ?』と思い、女性に視線を投げ掛ける。

 

  その視線に女性は応える。

 

「……それは戦利品です。どうぞ、お受け取り下さい……」

 

「は……?」

 

  何を、言っているんだ…?

 

「貴方は充分私に可能性を示しました。後は…私が引き受けます……」

 

  女性はそう言うと、一刀が疑問を口にする間もなく、魔術的加護がこれでもかという程詰まっている扇を取り出す。

 

「……では…また……機会があればお会いしましょう……」

 

  女性は取り出した扇をゆっくりと横に一振りする。

 

「ちょ――――」

 

  すると、またも一刀が言葉を口にする間も与えず、一刀は転移魔術によって、その場から強制的に退去させられた。

 

  女性は再びプールされた魔力がある方へ振り向く。

 

「暫くの間……我が弟子たちを、頼みます……」

 

  一刀に届くハズのない言葉を呟く。

 

 

 

 


あとがき

 

ども、冬木の猫好きです。

 

今回で取り敢えず張三姉妹編は終わりです。

 

今回は張三姉妹編のエピローグというよりも、捕捉的な意味合いのお話でした。そのため、いつもより短目で終わらせました。

 

朝廷では先の討伐で三人は逃亡し、行方不明という扱いになっています。なので、三人を捕まえようと捜索部隊が周辺に派遣されています。

 

もっとも、この時代には写真は勿論、朝廷の者は秀麗(張角)の顔を直接見たことすらなく、人伝で特徴を聞いた程度なので、そう簡単に捕まらないとは思うが、放っておく訳にもいかないと一刀は今後、三人と共に行動します。

 

なので、次回からは三人と共に行動する一刀のお話になります。

 

では、今回はこの辺で。また次回、お会いしましょう。





何とか無事に三姉妹のお話も終わったみたいだな。
美姫 「戦利品も手に入り、一刀はこれから姉妹たちと行動を共にするみたいね」
それは次回のお話みたいだけれどな。
さて、これから一刀がどうなっていくのか。
美姫 「次回も待ってますね〜」
ではでは。



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