楽しかった。

 

  姉(あね)様とリュウ姉様と私。三人で過ごした日々は何より楽しかった。

 

  リュウ姉様。普段はちょっとぴり厳しくて怖かったりもするけど、私が遊ぼうと言うとイヤイヤ言いながらも一緒にかけっこして遊んでくれた。

 

  姉様。いつも笑顔で私達を優しく見守ってくれて、私がリュウ姉様と日が暮れるまでかけっこしてたら、美味しいご飯を一人で用意してくれた。

 

  幸せ。

 

  私、幸せだよ。

 

  姉様やリュウ姉様に出会えて、世界中の誰よりも幸せだよ。

 

  ずっ〜〜と一緒だよ。三人ともずっ〜〜と…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第十八話:大好きだから妹

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「■■■■■■!!!」

 

  再び紅色のドラゴン――神麗(しぇんれい)が咆哮する。

 

  その姿に、咆哮に敵味方関係なく、驚くより本能的に皆一様に身体が逃げ出す。

 

 当然だろう。

 

 こと生物という観点において、龍種は他の追随を許さない位ずば抜けて強い。それを目の当たりにして逃げない方がどうかしている。

 

「ぐっ…!」

 

  その例に漏れた者の一人――一刀は身体の、心の、魂の全機能が退避命令を出す中、何とか踏み留まっていた。そして、その状態で横に居る、もう一人の例に漏れた者――張宝こと瑠麗に話し掛ける。

 

「神麗(しぇんれい)って、あのどら――じゃなくて、龍の名前か?」

 

  張梁の真名をしるハズのない一刀は当然ながらあの龍の正体が彼女等の末妹であるとは判らず問い掛ける。

 

「えぇ…とりあえず、詳しい説明は後にさせて。今はあの娘を…」

 

「おいおい!まさか、戦う気か、龍種と!?止めろ!勝てるハズない!!」

 

  確かに瑠麗は強い。

 

  魔術には実戦に向き不向きがある中、本来『大地』の属性魔術は実戦に不向きなモノである。にも拘らず、瑠麗は実戦に向いている魔術を駆使する一流の魔術師より遥かに強い。

 

  とは言うものの、それはあくまでも対人戦での話。生物という観点において最強と言っても過言ではない龍種相手に勝てる程の腕前とは到底思えない。

 

  勝てそうな者といえば恐らく、一刀の居た世界に存在する僅か五人の魔法使い達や異能の持ち主くらいなモノだ。

 

「時間さえくれれば、打つ手はあるから。だから今は――」

 

「ダメ!!」

 

  どうやら、時間さえあれば一刀には龍種すら打倒しうる秘策があったようだ。だが、瑠麗には何か考えがあるらしく、一刀の提案を拒否した。

 

「な、何言ってンだ、こんな時に!!」

 

  しかし、一刀にはそんな事解るハズもなく、瑠麗を怒鳴りつける。

 

「いいか、小柄ながらも相手は龍種だぞ!?何の対策もなしに勝てる相手じゃない!だから、一先ずここは――」

 

「ありがとう…」

 

  一刀の必死の説得。しかし、瑠麗から返ってきたのは同意ではなく感謝の言葉だった。

 

  突然の瑠麗の言葉に一刀は不意を突かれたらしく、ついきょとんとした顔になる。

 

「私のこと心配してくれて、ありがとう…」

 

「はぁ!?今はんな事どうでもいいンだ!!」

 

「でも…今、この場で姉さんを心配してくれてるのは…私だけなの…」

 

「あ……」

 

  瑠麗の言葉に漸く気付いたのか、一刀は小さく声を洩らす。

 

  瑠麗の言葉に得心がいった一刀だが、更に続ける。

 

「勿論、張角も一緒にだ。だから…」

 

  そう言うと一刀はおもむろに手を差し伸べる。

 

  瑠麗は差し伸べられたその手を一瞬戸惑いとも歓喜とも取れる眼差しで見るが、それは一刀が気付く間もなくスグに厳しいモノへと変わった。

 

「残念だけどそれは無理そう…。だって…ほら…」

 

  そう言いながら瑠麗が示した先には、張角が『憎しみ』という言葉すら生温い表情で紅色の龍を見つめていた。いや、正確にはその龍の上に乗っている二人の人物だった。

 

 そして、その内の一人は一刀も見知っている――というか、因縁のある者だった。

 

「なっ――!?」

 

  あれは、聖フランチェスカ学園から鏡を盗んだ野郎か?何でこんな所に…?

 

  果たして、一刀が驚きの声を上げた理由の人物とは、一刀がこの世界に来る原因の男――左慈であった。

 

  望んでいない再会に一刀は戸惑いを隠しきれない表情で左慈を見る。対称的に左慈の方はハッキリと憎しみを籠めた表情で一刀を見る――というよりも、睨み付ける。

 

「于吉!!!貴様!!!!」

 

 しかし、一早く声を上げたのは左慈でも一刀でもなく張角だった。

 

  今まで、大将として非情に振る舞ってきても隠しきれなかった慈愛のオーラをまるで嘘のように消し去りながら声を張り上げる。そして、それと同時にまるで彼女の怒りを表すかのように、規格外の魔力が文字通り溢れ出す。

 

  それも当然だろう。于吉と左慈が乗っているのは、姿形は全く面影のないモノへと変わっても、彼女等の愛しい末妹――神麗(張梁)なのだから。

 

  于吉に突き付けられた条件――反乱を神麗一人のために起こした張角からしてみればそれは許せない行為だった。

 

「まぁまぁ、その様に表情を歪めては、綺麗に整った顔が台無しになりますよ?」

 

「ふざけるな!!神麗から退け!!」

 

  その溢れ出した魔力を目の当たりにしていながら、于吉は未だに勘に障る笑みを浮かべながらふざけた様な台詞を吐く。

 

  そして、そんな于吉に怒気を強め、更に桁外れな魔力を放出する。その量は既に一刀の全魔力量に相当する程であった。

 

  しかし、ただ放出しているだけで魔術として型をなしていない。なので、一刀は勿論、張角の様子から判断するに敵対関係にあると思わしき于吉達にも何ら害は無い。

 

「おやおや、そんな強気に出ても大丈夫なんですか?まさか…お忘れになった訳ではないでしょう…?」

 

  相変わらず余裕の笑みを浮かべたままの于吉は指をパチンと鳴らす。すると、于吉の右に一本の黄金の柄に青い宝玉が埋め込まれた西洋剣が現れる。

 

  その西洋剣が現れた瞬間に張角の顔色があからさまに変わる。

 

(何だ、あの剣?)

 

  今まで見えなかったのにいきなり現れた?霊体なのか?

 

  だとすれば…まさか…。

 

「……宝具…」

 

  行き着いた結論はそこ。

 

 霊体の剣。そして、その剣から感じる魔力と他者を圧倒するかのような何か。

 

  それら全ての事実が、あの剣は宝具だと雄弁に騙っていた。

 

「察しがよろしいようで…」

 

  相も変わらず于吉は勘に触る笑みを浮かべながら肩を竦めつつ続ける。

 

「貴方ならば御存知でしょう…?ジークフリートという英雄を…」

 

「………」

 

  呆気に取られる一刀。于吉から発せられた人物名があまりに意外――と言うか、この世界の“人間”なら知っているハズのない人物だったからだ。

 

  ジークフリート。

 

  中世ヨーロッパに成立した『ニーベルンゲンの歌』に登場する主人公の事だ。

 

  ファーブニールというドラゴンを殺し、その血を全身に浴び不老不死になったが、その時たまたま背中に葉っぱがくっついていたためにそこには血が浴びることがなかった。そこが弱点となり暗殺された英雄だ。

 

  勿論、一刀も知っている。

 

(だが…だから何だ?…)

 

 一刀がそう思い首を傾げていると、于吉は再び喋り出す。

 

「この剣は、そのジークフリートが龍を殺す時に使った剣――バルムンク(龍殺しの英雄の加護)です」

 

「何だと!?」

 

  バルムンクと言えば、最上級の宝具じゃないか!?

 

  いや、それよりどうしてバルムンクがこの時代にあるンだ!?『ニーベルンゲンの歌』は中世ヨーロッパに成立した物語――正確には、英雄叙事詩――なのに、三國志の時代に存在しているなんておかしい…。

 

「疑問は残るでしょうが、お気になさらず…。…我々は…この世界に存在する“ヒト”とは違いますから…」

 

「………」

 

  于吉の含みのある笑顔を浮かべながらの言葉に息を呑む一刀。

 

  普通の者ならちんぷんかんぷんな事を言っていると感じるところだが、一刀達は違った。魔術を扱うとは世界に属すると同時に、世界から外れたモノを確認するという意味もある。なので、一刀には于吉の言葉が異常に説得力のあるモノに感じられた。

 

「話は終わりか…?」

 

  于吉の声が何も感じさせないモノだとすれば、その声は明確な意思――憎しみを感じさせる低めの声だった。

 

「…えぇ…本当はもう少し語らいたいところですが……仕方無いでしょう…」

 

  于吉は冗談じみた言葉を心底残念そうな口調で呟く。

 

  そして、憎しみを籠めた低い声の男性――左慈が一刀を益々強い憎しみを籠めた表情で睨み付けた。

 

「…お前には…俺、自ら引導を渡してやろう…!」

 

  左慈が空間に手をかざすと、その掌で異形の物体が霊体から実体に変わった。

 

「また、宝具…!」

 

 あいつの言葉から察するに、あの異形の宝具は恐らく純粋な破壊系統のモノ…。

 

  切り札の玉を使えば攻撃判定Bランクくらいならい詠唱破棄しても何とか防げるが……俺が見る限り、アレはギリギリBランク以上か…防げるか…?

 

「姉さん!こっちに来て!!空間転移するから!」

 

  一刀が自分の切り札と異形の宝具との力の考察を続けていると瑠麗が張角に呼び掛ける。

 

「………(ガリッ)」

 

  しかし、張角は未だに于吉達を睨み付けながら歯を強く噛み締めていた。

 

「移動できるか?」

 

「ダメ!既に足元に術式を固定した!」

 

  瑠麗の言葉の通り、瑠麗の足元には転移魔術の魔法陣が浮かび上がっていた。

 

  それを確認すると一刀は張角の元へと走り出す。

 

「ほら、行くぞ!」

 

「あっ…!」

 

  そして、一刀は張角の左腕を掴み、瑠麗の元へと走り出す。

 

「逃すか!!」

 

  しかし、左慈は右手にある異形の宝具を発動させる。

 

「ヴァジュラ(神の意を騙る誅壊の金剛杵)!!」

 

  真名を叫ぶ。

 

  すると、異形の宝具――ヴァジュラは光を放つ。しかし、その光もスグに収縮し、凄まじい魔力塊として射出された。

 

  その魔力塊は空気中の障壁となる魔力をはね除けるのではなく、呑み込みながら力を増して一刀と張角に迫る。

 

「くっ…!」

 

  間に合わない!

 

  瑠麗の元にも、俺の魔術の展開も…。クソッ…!ヤられる!!

 

  最早、打つ手無し。

 

  そう一刀が思ったその時――

 

「………」

 

  ごおぉおん!!

 

  轟音と共にヴァジュラの光がかき消された。

 

「な…に……」

 

  その異常な光景に左慈は呟く。

 

  張角が持つ異常な魔力は感じていた。だが、もっと異常なのは“右手をかざしただけ”でヴァジュラをかき消した事だった。

 

  “右手をかざしただけ”。つまり、何の魔術の詠唱を行わなかったのだ。

 

  詠唱を行わず魔術を発動させる事は通常不可能だ。だが、何事にも例外は存在する。それが魔術刻印だ。

 

  魔術刻印さえあれば、その家が伝えた魔術を発動することができる。

 

  なので、左慈も魔術刻印を使ったのだと反射的に思った。しかし、刻印による魔術使用による発せられる光が張角のかざした右手には勿論、身体のどの部位にもなかったのだ。

 

「ほぉ…」

 

  左慈と同様に于吉も驚き――と言うよりも、感心の意の声を上げる。

 

「…ぅ…あ…ぁ……あ…」

 

  張角はかざした右手で自らの顔を抑えながら、突如呻き声を上げながら崩れる。

 

「お、おい!大丈夫か!?」

 

  今まで何が起こっていたのか解らなかった一刀も張角の突然の反応に漸く現状を理解する。

 

「一刀!姉さんを早く連れて来て!」

 

「あ、あぁ!」

 

  瑠麗の言葉を受け、崩れ落ち、意識を失った張角を抱き上げて再び走り出す。

 

  宝具の再発動までの時間がかかるのか、左慈はただ悔しそうな表情をして一刀を睨み付けるしかできなかった。

 

  かくして、一刀達は張角の謎の魔術と瑠麗の転移魔術で難を逃れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちっ!」

 

  左慈は転移する前に一刀達が居た場所を睨みながら心底悔しそうに舌打ちする。

 

  だが、左慈の中には悔しさ以上に疑問が残った。張角の使ったあの謎の魔術は何なのか、という疑問だった。

 

  左慈は魔術師ではなく純粋な武術家であった。だが、今まで生きてきて――本人は今までの自分を“生きている”とは感じていない――魔術師を相手にしてきた事は何度となくあったため、魔術の知識は于吉には及ばないながらも相当のモノであるという自負があった。

 

  しかし、張角が見せたあの魔術だけは知らないし、解らない。自分の知識、経験、推察、全てを用いてもあの魔術だけはどうしても説明できない。

 

「まぁ、そう悩む事もないでしょう…」

 

  左慈の表情は眉間にシワが寄っていたが、それは明らかに困惑というモノより怒りに近かった。しかし、左慈の心理を読んだかのように于吉は左慈に話し掛ける。

 

「だが…もし、あの魔術をまた使われたら、俺達の計画が…」

 

  “計画”。

 

  それが何であるか、詳しい事は一切不明である。だが、その計画のためだけに神麗(張梁)を利用しようとしているのは確かだった。

 

「大丈夫ですよ…。あれはもう使えませんから…」

 

「……何…!?于吉、お前、あの魔術を知っているのか…?」

 

 全て解っていると言わんばかりの于吉の口振りに、左慈は珍しく動揺したかの様に振り向く。

 

 しかし、于吉はいつも通りの誤魔化すような、曖昧な笑みを浮かべながら答える。

 

「どうでもいいではないですか…。アレが何であれ、この外史は滅ぶのですから…」

 

「…ふん!…まぁ…そうだな…」

 

  だから、もう俺達には関係ない。この外史も、本郷一刀も…。

 

 そして、于吉と左慈は龍化した神麗と共にその場から文字通り消え去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 瑠麗の転移魔術で難を逃れた一刀は慣れない別次元を経由しての移動に耐えきれず意識を手放していた。

 

  一刀が意識を取り戻すと古い農家のモノと思われる天井が見えた。

 

  その家は随分とボロい――もとい、趣深い家だった。瑠麗曰く、趣深いその家は元々、瑠麗達が反乱を起こす前に三人が一緒に住んでいた家であるとのことだ。

 

  そこで一刀は瑠麗の説明を受けた。

 

  自分達姉妹は本当の姉妹でないこと。

 

  彼女等の末妹――張梁こと神麗は一刀の世界で言うところのホムンクルスで、しかも龍の因子を持っていること。だが、神麗は完璧という訳ではなく、寧ろ失敗作と呼べる存在で、時間を負う毎に“リュウ”が抑えれなくなり次第に“ヒト”の意識は奪われていき最早“リュウ”が全面に出てきかけていた。

 

  “ヒト”の身体に“リュウ”の魂が収まる訳がない。もし、“リュウ”が完全に全面へと出てしまえば、器ごと消滅してしまう。そうならないために、何とか神麗の“ヒト(理性)”は“リュウ(本能)”を抑えていた。だが、例え魔術師と言えど、たった一人の人間。人間が龍に太刀打ちできるハズがなかった。

 

  次第に神麗の意識は途切れ、“リュウ”を抑えるための魔力を無意識に求め始めた。勿論、張角や瑠麗も協力したが、張角の膨大な魔力を以てしてもそれを完全に抑えるのは次第に不可能になってきた。

 

  そんな時だった。于吉があの勘に障る笑みを浮かべながら話を持ち掛けたのは。

 

  于吉が取引に用いたのはあの宝具――バルムンクだ。

 

  本来、バルムンクの能力は破壊であるが、ジークフリートがドラゴンを倒したその日からもう一つの能力が付いた。それが、龍種を支配するというモノだった。

 

  バルムンクで神麗の“リュウ”を支配し、無理矢理押さえ付けることで何とか神麗の身体(器)は壊れずにすんだ。しかし、それは同時に于吉に神麗を支配されたも同然だった。張角はそれでも、そんな状態になっても神麗に生きていて欲しかった。

 

 大好きな妹だから…。

 

  その大切な妹を守るために今まで張角が目を光らせていたので于吉達は完璧な支配はできなかった。だが、あの時、一刀と瑠麗に気を取られた隙に于吉は一気に主導を握り、神麗を完璧に支配してしまった。

 

「それで…お前はどうするンだ、これから…?」

 

  一刀の質問にやや間を取り、瑠麗は目を反らしながら答える。

 

「あの娘を…殺すわ…」

 

「そんな…!お前の妹だろ!姉妹で殺し合うなんて…そんな…!」

 

  一刀は納得いかないと声を上げる。

 

  そんな一刀を見て、瑠麗はやっぱりこの人は魔術師ではなく、魔術使いだと痛感する。そして、そんな魔術使いに優しい魔術師は答える。

 

「でも…このままじゃ、いっぱい人が死ぬ…!神麗を使って、あいつ等は間違いなく人を殺すわ…!そんな事…あの娘も望んでいない…だから…」

 

  ――だから…私はあの娘のために、あの娘を殺すわ…。

 

「………」

 

  非常な台詞。しかし、そんな言葉とは裏腹に、一刀には瑠麗の優しさを感じていた。

 

  瑠麗は優しい。だからこそ、彼女は自ら最も望んでいない行動を取る。最早、病的なまでに。

 

  一刀にも、瑠麗の言い分は理解できた。だけど、それでも一刀は神麗も他の無関係な人々も守りたかった。

 

「食糧を取ってくるわ…」

 

  瑠麗はそう言うと一刀に背を向けその場を去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

  村は正に地獄絵図が具現化したかの様に業火によって燃やされた家と屍が築き上げられていた。

 

  生き残った僅かな人々は建物の下敷きになった自らの妻、親、兄弟、子ども、友の存在すら忘れて、ただ自らの命を確保するためだけにその場から逃げようと走っていた。

 

「■■■■■■■!!!!!!」

 

  小柄な紅色のドラゴン――張梁こと神麗は瑠麗の予測通り、殺しの道具として扱われていた。

 

  于吉達が神麗を完全に支配下に置いてからこの村が既に20個目の被害だった。

 

「ふははっははーー!良い光景だなぁ!元から貴様等、人形は創られた存在。ならば、跡形も無く消し飛んでも何ら問題はないだろう!」

 

  左慈は例え殺人鬼であろうとも、見るに耐えない光景を心底楽しそうに笑う。

 

  元から存在しなかったモノなのだから、消し去られて当然だ。コレが本来のこの世界のあるべき姿だ。

 

  左慈は神麗の上からまるでゴミを見るかの様な目で惨状を眺めながらまたもくつくつと笑い出す。

 

「このまま無価値で無意味なモノを踏み潰して回るのも悪くないなぁ!」

 

  悪魔の様な提案を左慈は悪魔の様な笑みを浮かべながら言う。しかし、その悪魔の様な笑みは于吉が見た中で最も左慈本人が浮かび上がっているように感じられた。

 

「残念ですが…それは無理ですよ…。もうじき、保守派のご老体方が漸く事の異常さに気付いて行動するハズです…。我等は必要な魔力を集めるだけで精一杯ですよ…」

 

  別に残念な訳ではないが、左慈が残念がっているので于吉も残念そうな表情を浮かべる。

 

  左慈とてそんな事くらい解っている。だからこそ余計にイラつくのだ。

 

「まったく、下らんジジイどもだ!こんな無意味な世界を守ろうだなどと!!バカバカし過ぎて話にならん!」

 

  力は感情の表現を強くさせるのか、今まで以上に苛立ちを露にして左慈は叫ぶ。

 

「ふっ…」

 

  于吉はそんな左慈の言葉に同意するでもなく、否定するでもなくいつも通りの薄い笑みを浮かべていた。

 

  しかし、于吉は内心ではそんな左慈を後ろから見て思った。

 

(確かに、貴方の見方はある意味では正鵠を射ています…。しかし、貴方は違う見方を知らない…)

 

  故に貴方はこの世界を嫌う。無価値だと、無意味だと嘲る。

 

  だが、覚えておかなければならない…。この世界は思念集合体。この世界は“想い”こそが全てを左右する。

 

  それは外部のモノでも、内部のモノでも関係ない。

 

 “想い”がこの世界にある限り、貴方は必ずや…強き“想い”の力の前に屈するでしょう…。

 

 

 

 

 

 

 

 

  神麗が于吉達に支配されて三日。沢山の村が神麗によって焼き払われていた。その事を大地属性の魔術を駆使する瑠麗は感じ取っていた。

 

「………」

 

  瑠麗は歯痒そうに表情を歪める。

 

 転移魔術を使ったせいで瑠麗の魔力はほぼ空っぽになっていたため、急造の工房でただその悪魔の所業を見る事しかできなかった。もっとも、瑠麗が万全であったとしても完全に龍化した神麗に勝てるとは思えなかったが…。

 

「また村が襲われたわ…」

 

「………」

 

  工房から帰ってきた瑠麗の言葉に一刀も顔を伏せる。

 

  襲われた村の数は既に80を越えていた。

 

 実は、一刀達には神麗が居るであろう場所を判っていた。被害にあった村には規則性があり、ある山を中心にほぼ円状になっている。つまり、その円の中心にある山に神麗が居る可能性が極めて高いのだ。

 

  だが、于吉達の行動には疑問が残った。

 

  神麗は村だけではなく、その途中にある大小関わらず霊脈も文字通り食べている。魔力を神麗に供給するにしても、明らかに供給過多である。

 

「あの宝具を使ったのでしょう…」

 

「バルムンクか…」

 

  張角――秀麗(しゅうれい)は未だに動けないため、床から上半身を起こしたまま説明する。

 

「はい…。あの宝具ならば…神麗から魔力を搾取する事もできますし…」

 

「魔力を搾取って…何のために…?」

 

「多分…破壊…」

 

「は…!?」

 

  破壊!?何で!?

 

「判りません…。ですが…それ以外の理由が思い付きません…」

 

  彼等は魔術師ではない。その時点で彼等の目的が根元に至る事ではないのは明白だった。

 

  膨大な魔力を使い他にできる事と言えば、破壊しかなかった。

 

「……目的が何であれ…あの娘には…罪に対する贖罪が必要よ…」

 

「贖罪って…死ぬ事が贖罪なのかよ!!??」

 

  瑠麗は一刀の言葉に答える事なく、工房へと戻った。

 

「………」

 

  瑠麗とて、そんな事くらい解っている。だが、神麗が正気に戻ったら己の罪に押し潰されるだろう。

 

  だから…。

 

 

 

 

 

 

 

 

「何で…でしょう…?」

 

  声を震わせながら秀麗は言う。顔を伏せているため、表情は伺えない。

 

「つい、数ヵ月前には…二人とも、ッ…そこの庭で…ッ!…楽しそうに…ッ、笑って、走り回って…いたのに……ッ!…どうして…!?」

 

「………」

 

  一刀は泣きじゃくる秀麗を無言のままそっと抱き寄せる。

 

「……う、うあぁぁあぁぁ!!」

 

  今まで、長女として慈悲深く、強くあり続けた秀麗。だが、抱き締めてみてよく解った。

 

  彼女は弱い。

 

  決して、屈強な身体な訳ではない。屈強な心でもない。それでも、神麗や瑠麗の支えであるために強く見せ続けていた。

 

  しかし、今、一刀に支えられ、漸く秀麗は自分の弱ささらけ出すことができた。

 

「……大丈夫…」

 

  そのために魔術を学んだんだ…。そのために…。

 

  …手はある…。

 

  みんな、助けてみせる…!

 

  一刀は静かな闘志を目に宿す。

 

 

 

 


ども、冬木の猫好きです。

 

今回は今までの出来事に対する説明的なお話です。

 

宝具について、ヴァジュラの設定はFateに即しつつ勝手な追加要素を加えています。また、バルムンクに関してはまったくのオリジナルです。詳しい設定はこのあとがきの後に載せています。

 

一刀には何らかの秘策があるようですが、それが明かされるのは次回からです。そして、更に次回からは本格的にバトルが始まります。そのバトルでも秘策が明かされます。

 

それではまた次回、お会いしましょう。

 

 

バルムンク(龍殺しの英雄の加護)

 

ランク:B

 

種別:対龍宝具

 

レンジ:1〜99

 

最大捕捉:20

 

バルムンクの能力である破壊以外の行為を行う特殊使用宝具。

 

本来のバルムンクの能力は純粋な破壊だったが、バルムンクの本来の持ち主――ジークフリートがファーブニールという龍を殺したその日からランクB以下の龍種を支配する力を得る。

 

操作ではなく支配。魔力の搾取や視覚の共有などといった神経系統に対する行為まで可能である。つまり、強制的に使い魔の状態してしまえる。

 

いくら距離が離れていても――例え違った世界に居ても――一度支配したなら遠隔支配が可能。

 

この特殊使用宝具の発動状態は龍種以外には何の効力もない、ただの切れ味の良い剣でしかない。

 

 

ヴァジュラ(神の意を騙る誅壊の金剛杵)

 

ランク:A+(A)

 

種別:対軍宝具

 

レンジ:2〜40

 

最大捕捉:70

 

インドの雷を司る神――インドラの持つ金剛杵(こんごうしょ)で、数あるインドラの武器の中でも最上級の破壊力を持つ宝具。正式にはヴィシャヤと呼ばれる。

 

破壊力もそうだが、ヴァジュラの最大の利点は使い勝手の良さである。魔力の量に関係なく誰でも攻撃判定B+の威力を発揮できる。

 

本来は一度限りの射出宝具であったが于吉による改造でチャージさえすれば何度でも使用可能になった。

 

その攻撃は障害となる空気中の魔力、有機質、無機質関係なく巻き込み、吸収してどんどん威力を強めていく。なので目標すら吸収してしまう。

 

だが、ある一定の分量――攻撃判定のB+が限度――に到達すると消え去る。



神麗はホムンクルスだったとは。
美姫 「それで竜になっていたのね」
しかし、現状は打つ手ないように見えるけれど。
美姫 「一刀にはまだ何か考えがあるみたいね」
さてさて、一体どんな手を打つのか。
美姫 「出来れば、この姉妹には助かって欲しいわね」
うんうん。次回も待っています。
美姫 「それじゃ〜ね〜」



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