「ぶっかつ、ぶっかつ、今日も部活〜。

 ん〜、たーのしーねー♪」

 

 千葉紀梨乃は足を弾ませて剣道場へと向かう。

 道場に到着し、靴を脱ぎ扉を開ける。そしてすぐに一礼。

 

「お願いします」

 

「お願いします」

 

 誰もいないはずの道場から返事が返ってくる。 

 

「はにゃ?」

 

 ハテナマークを浮かべながら頭を上げると、そこには長身の男性が立っていた。

 

「えーと、どちら様でしょうか?」

 

 男は制服ではなくスーツのズボンにワイシャツ。

 生徒ではないらしい。

 一瞬外山の仲間かとも思ったが、足は素足で竹刀を中段に構えている。

 なにより床が綺麗で雑巾をチラッと見てみると、しっとりとして掛けられていた。

 このような状況ではその線も薄いだろう。

 

 少し戸惑っているキリノに男性はさわやかな笑みを浮かべて自己紹介した。

 

「初めまして。俺は――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 バンブーブレード × とらいあんぐるハート

 

   【剣道部員と教育実習生】

 

 

 

 

 

 

 

 長身で九割の女子が美男子というであろう男が校門の前に立っている。

 彼はしばらく校舎を見上げた後、校内へと入っていた。

 教育大へ体育の先生を目指して入学した彼は、今日から教育実習であった。

 

 彼の今回の舞台は“私立室江高等学校”。

 

 

 今回教育実習に来た人数は彼を含めて三人であった。

朝の職員会議、彼らは自己紹介することになった。

彼は年配の先生方に感心されるほど堂々と、そしてはきはきと自己紹介した。

 

「赤星勇吾です。担当教科は体育になります。

これから二週間、ご指導のほどよろしくお願いします」

 

 教育実習生の挨拶と担当教官の説明が終わると、教頭が付け足す。

 

「君たちは勉強しに来ているから大変だとは思うが、部活の方を手伝う気はあるかね?

やれるだけの気力があるようだったら、ぜひ顔を出してくれると嬉しい」

 

 これは勇吾にとっては渡りに舟であった。

 教育実習は確かに忙しい。

 授業を任せられる時の資料作り、どのように進行するかなどの計画作り。

 それに担当教官の授業を見ての感想など、やるべきことも多い。

 

 だが勇吾は中学へ一度実習に行っており、今回が二回目。

 基本的なやり方は把握している。

 なにより今回は部活に参加してみたいと思っていたため、準備は怠っていなかった。

 

 そのため初日ながら早いうちにやることをやり切って、剣道場へ足を運んだ。

 

 

 一礼し、足を踏み入れた剣道場は綺麗だった。

 剣道部は大体の学校で昔からあるもののため、道場は古いものが多いのだがここは違った。

 床も窓も壁も綺麗にしてあり、道具の整頓もされている。

 いい環境だな、と思いながら見回すと部員の札が目に付いた。

 

「…部員少ないんだな…」

 

 札は数えてみると九枚ほどしかかかっていない。

 男子も女子も多い風芽丘出身の勇吾としては寂しく感じる。

 

 

 一通り見終わったところでも、まだ部員が来ないようなので勇吾は雑巾がけをすることにした。

 本来ならば一年生部員の仕事なのだが、自分も今日からの新入だし、と思ってやることにしたのだ。

 風芽丘は部員数も多いため一人ではきついほど道場が広いのだが、ここはそんなこともなく意外と早く終わってしまった。

 

 することもなくなったので、勇吾は竹刀立にある竹刀を手に取り中段に構える。

 目を閉じて精神統一。自己の中に集中する。

そして目の前に仮想相手を思い描く。相手はもちろん彼。

今も海鳴にいるはずの彼の無二の親友。

その姿が完全に再現されいざ試合を開始しようと思ったそのとき、道場の扉が開かれる。

 

「お願いします」

 

 それまでの集中がかき消される。

少し残念な気もしたが、元気のよい女子生徒の声に勇吾の頬が少し緩む。

 ああ、部活だなと。

 

「お願いします」

 

 道場への挨拶であり、自分に向けられたものではないと分かっているが勇吾は返した。

 

「はにゃ?

えーと、どちら様でしょうか?」

 

 女子生徒は綺麗な金髪のポニーテルを揺らしながら勇吾を見た。

 元々人怖じしない性格なのであろう、その目には恐れよりも好奇・不思議と言った感情が強く見えた。

 そう言えば全校生徒の前で紹介された訳ではなかった、と勇吾は自己紹介することにする。

 

「初めまして。俺は赤星勇吾と言います。教育実習で今日から室江高校へと来ました。

担当教科は体育です。剣道はずっとやっているので顔を出させていただきました。よろしくお願いします」

 

「おおっ、そうなんですか!!」

 

 目を輝かせながらずずずいっと勇吾に詰め寄る。

 

「最近は相手もマンネリで。いやー、うれしいっす!!

っと自己紹介してませんでしたねー。

二年の千葉紀梨乃って言います。部長やらせてもらってます」

 

 キリノの自己紹介が終わったところで開けっ放しだった扉から、他のメンバーが顔を出す。

 

「「「「「「お願いします」」」」」」

 

「おっと皆来たね〜」

 

 メンバーに手を振るキリノ。その状態を見た桑原鞘子は固まった。

 

『キリノの横にいい男…ま、まさかキリノの男!?』

 

 そんなことを約一名が考えてるとも知らず、部の唯一の常識人・中田勇次が質問する。

 

「部長、そちらの方は?」

 

「ああ、こちらはね―」

 

「赤星勇吾と言います。教育実習に来ました。

剣道をやっているもので、顔を出させていただきました。よろしくお願いします」

 

 礼儀正しく自己紹介をし、頭を下げる勇吾。

それを見たメンバーも姿勢を正し自己紹介する。

 

「初めまして。中田勇次と言います」

 

「栄花段十朗です〜」

 

「宮崎都です」

 

「…川添珠姫です」

 

「あ、東聡莉です」

 

「………」

 

「??? サヤ?」

 

 ボーっとして、自己紹介しないサヤにキリノが尋ねる。

 その瞬間

 

「キリノー!! アタシはあんただけは裏切らないと思ってたのに〜!!

知らない間にこんないい男捕まえてるなんて〜!!」

 

「あうぅ〜〜〜」

 

 がくがくと揺すられるキリノ。慌てて勇次が止めに入る。

 

「サヤ先輩落ち着いてください。違いますって」

 

「……違う?」

 

 揺する手を止めて勇次の顔をまじまじと見る。

 

「はい。こちら教育実習の先生だそうです」

 

 続いて勇吾を見る。見られた勇吾は改めて自己紹介する。

 

「初めまして。赤星勇吾です。俺は紀梨乃さんとは初対面ですよ」

 

 そこまで言われて本当だと気づいたサヤ。

 キリノを掴んでいた手を離し、姿勢を正して勇吾に対面する。

 

「はわわっ、すいませんっ。

私は二年の桑原鞘子って言います」

 

 

 

顔合わせが終わったところで、復活したキリノが全員を並ばせる。

 

「それでは…よろしくお願いしますっ」

 

「「「「「「よろしくお願いします」」」」」」

 

「こちらこそ二週間ですが、よろしくお願いします」

 

 挨拶を終えた後、皆着替えはしたが親睦会と言うことで座布団とお茶を準備して勇吾への質問を中心にした世間話をしていた。

 話しているうちに勇吾の口調も砕けてくる。

 

「先生って今いくつなんですか?」「二十歳の大学三年生」

 

「彼女いるんですか?」「いや、いないよ」

 

「いつから剣道やってるんですか?」「小学校からだね。近くの道場に行き始めたんだ」

 

「高校はどこなんですか?」「知ってるかな? 風芽丘学園って言うんだけど」

 

 それを聞いた瞬間、キリノの目が輝く。

 

「先生、そこってIH常連校じゃないですか!!

もしかして先生もIH出場したんですか?」

 

 現在IH出場を目指している彼女たちは興味深深と勇吾を見ている。

 隠しても得がある訳ではないし、と勇吾は答える。

 

「まあ、出場したよ」

 

 キリノ、サヤ、聡莉、勇次の目が輝く。

 実際にその空気を感じたことのある人は貴重である。

 詳細を教えて欲しいと勇吾に詰め寄る四人。

 勇吾は人に自分の自慢を語るタイプではないが、四人の熱意に押され口を開く。

 

「二年のときは団体は三回戦、個人はベスト十六。

三年は団体・個人ともに優勝したね」

 

 四人の目が益々輝く。

 半分立ち上がっており、もはや止められないだろう。

 

「「「「稽古よろしくお願いします!!」」」」

 

 頼まれたら嫌と言えないのが赤星勇吾と言う男である。

 面を付け、軽く体を動かした後先ほどの四人と順番にかかり稽古をした。

 それぞれの実力をやりながら見極め、丁度よい力加減で相手したのだ。

 

 

 

 終わってみると四人はクタクタになっていた。

 しかし一方の勇吾は未だ余裕のある表情をしている。

 四人はありえないと思った。いくら何でも四人連続で、しかもこちらは立てないくらい疲れているのに。

 しかし不思議なのは勇吾と打ち合っている時、四人は圧倒的な強さは感じていなかった。

 上手さは感じられるが、強さと言うものをあまり感じられなかったのだ。

 正直IH優勝者とは思えない。タマの方が強いのではと思えるくらいだ。

 

 そこで面を取って休んでいたキリノが提案する。

 

「タマちゃん、先生と試合稽古してみたら?」

 

「…えっと」

 

 タマは気になっていた。

 強い相手と戦いたいと言う気持ちがほとんどないタマがである。

 四人とかかり稽古をして未だ元気である勇吾。

 体力はもちろんのこと、佇まいから感じる雰囲気がどこか違うと。

 しかし四人を相手したばかりである。自分が相手してもらえるのかと勇吾を見る。

 

「よし、じゃあやろうか。かかり稽古じゃなくて試合稽古でいいのかい?」

 

「先生、タマちゃんを甘く見ちゃダメですよ。

ちっちゃくてもウチの部で一番強いんですから」

 

「そうなんだ。よし、それじゃあやろうか」

 

「お願いします…」

 

 道場の真ん中に二人が対峙する。

 お互いが中段に構え、合図を待つ。

 

「それでは…始めっ!!」

 

 ストップウオッチを持つキリノが合図を出す。

 そして二人は気合を入れるために声を出した。

 

 

 

 まず始めに仕掛けたのはタマ。

先ほどのかかり稽古から感じた勇吾間合いよりわずか外からタイミングを計る。

そして勇吾の剣先がわずかに下がった瞬間、すっと間合いを詰め、一刀足から―

 

 「面っ!!」

 

 まるで流れる水のような無駄のない動き。そして風が通り過ぎるかの様なすばやい動き。

 部員たちは勇吾の面が叩かれる場面を想像しただろう。

 しかし―

 

 ガッ

 

 タマの面は勇吾の竹刀によって防がれていた。

 

「うそっ!?」

 

 サヤは信じられないと声を上げた。

 他の部員も声こそ出さなかった、いや出せなかったのかもしれない。

 とにかく驚きで一杯だった。

 今までタマのあの面をまともに防いだ人はいなかったのだから。

 

 冷静だったのは当事者たち。

 

『やっぱり強い…この人。…もっと思いっきり行かなきゃ』

 

タマは知らず知らずの内にワクワクしていた。

 練習と言えどもまともにタマと打ち合える人物は数える程しかいなかった。

 ところがこの男は受け止めてくれる。

 興奮しない訳はなかった。

 頭の中でギアが変わる。

 タマの目にはもう勇吾しか見えていなかった。

 

『…危なかった。もう少し遅れてたら入っていたな…。

しかし速い。剣道と言う枠で考えれば高町相当か?』

 

 一方の勇吾も驚いていた。

 あの小さな体で強いと言うからには速いんだろうと予想していたが、予想よりも遥かに速かった。

 恭也の速さを見ていなかったら対応できたかどうか。

 勇吾もギアを切り替える。

 タマの動きを少しでも見逃さないように。

 

 

 次に動いたのもタマ。

 再び間合いを詰めるべく、すっと前に出た瞬間だった。

 

「面!」

 

 勇吾は男子の中でも体格がいい。

 そのため大抵の相手に対してはリーチの面では有利になる。

 一方のタマは逆にリーチが短い。

 どんな相手とやるにしてもいかに自分のリーチに持っていくかが大切になる。

 

 そこで勇吾はタマの攻撃するタイミングをわざと待っていた。

 いかに速いとは言え、速さなら恭也・美由希を見ている。

 いつ間合いを詰めてくるかに集中していれば、それを察知することくらいはできるのである。

 

 そして見事捕まえることに成功。

 面を放ったのである。

 

 驚いたのはタマの方。

 コジローもそうだが大抵大きい人は遅いものだ。

 だが勇吾は別であった。

 すばやいと言えるレベルより遥かに速かったのだ。

 

 急いで防御に回るタマ。

 しかし勇吾の強さはその力強さにある。

 恭也の腕すら痺れさせるほどの強烈な面がタマを襲う。

 もちろん全力では無いので破壊的な威力ではないが―

 

 バァン!!

 

 体の小さいタマには十分であった。

 受け流す余裕のないタイミングで受けたそれは、とてつもない衝撃をタマの竹刀へと伝え、そのまま手まで伝わる。

 そしてその衝撃に耐え切れなくなったタマの握力は竹刀を落としてしまう。

 

 あまりの威力にまたも言葉をなくす部員たち。

 そして見下ろす勇吾と見上げるタマ。

 しかし二人には険悪な雰囲気が流れているわけではない。

 むしろ熱い闘志が二人を包んでいた。

 

 

 そこからは正に死闘と表現できたであろう。

 お互い一歩も引かず、決定打も出ない。

 タマの速い攻撃に勇吾は対応し、勇吾の強力な攻撃はタマが上手く受け流す。

 結局時間までに勝負は決まらず、キリノからストップがかかるまで続いた。

 

 

 面を取りふう、と一息つくタマ。

 普段は汗をかかない彼女もうっすらと汗をかいている。

 そこへ一足先に面を取った勇吾がやってくる。

 

「珠姫ちゃんだっけ。まだ高校一年だよね。

うん、強い。この先楽しみだね」

 

「あ、ありがとうございます。

その、また稽古つけてください。楽しかったです」

 

「うん、こちらこそよろしく」

 

 勇吾の快い返事を聞いて、かすかに頬を赤くしながらはにかむタマ。

 そんなタマを見て優しく微笑む勇吾。

 なんだかいい雰囲気である。

 

 

 

 タマと互角の戦いを演じたことで他の部員の信用も格段にアップした勇吾。

 

勇吾から見て才能があり、鍛え甲斐のある部員たち。

 

これから二週間、勇吾と部員たちは一体どんな物語を紡ぐのだろうか。

 

 

 

 


あとがき

 

 こんにちは〜。

 バンブーブレード見てたら、突発的に書きたくなって書いてしまいました。

 虎待見てると情けなくて…。

 赤星だったらなぁと思って。

 時期的にはIH予選終了後のつもりで書きましたが、細かい設定は決めてません。

 

 ちなみに短編ですので続きがあるのかわかりません。

 なにかあれば続くかもしれません。

 

 とりあえず長編終わらせるように全力を尽くします。

 

 ではでは。

 

                          08/1/15 船貴





バンブーブレードとのクロス。
美姫 「赤星の出番ね」
いやいや色々と想像が膨らみましたよ。
美姫 「投稿ありがとうございました〜」
ではでは。



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