「あ、熱い…」

 

私は火の海の中にいた。右を見ても左を見ても誰もいない。あるのはただ自分を取り囲む赤・赤・赤。紅蓮が私を餌食にしようと無慈悲に周囲を取り囲んでいた。

 

「助けて…お父様…お母様…」

 

周りを全部火の海に取り囲まれ、心細くなってそう呟く。だが勿論、それが誰かの耳に届くことはなかった。そうこうしている間にも私を取り囲む炎は少しずつ狭まり、私を飲み込もうとしている。

 

「…ひっ…えっ…えっ…」

 

熱さと疲労。そして何より周りに誰もいない心細さに私の心は完全に折れてしまった。その場に座り込み、泣き始める。そうしている間にも火が迫る。そして当然の如く煙も迫っていた。だが私は逃げようとはしなかった。何か考えがあったわけではない。単純に逃げられなかったのだ。精も根も尽き果て、恐怖で立つことさえ出来なくなっただけに過ぎなかった。

 

『うわっちいっ!』

 

そんなときだった。私の耳に、いきなり誰かの声が飛び込んできたのは。

 

「え…?」

 

驚いて見上げる。声で男の人だとの判断はできたが、煙が濃くなってきたので顔はよくわからなかった。しかし、そこには確かに誰かが立っていた。さっきまでそこには誰もいなかったのに…だ。あまりのことに驚いていると、

 

『ったく、これじゃまるで…』

 

と、その人は何やらブツブツと言い始めた。突然の事態の変化についていけず呆然とその男の人の方に顔を向けている。と、

 

『っと、下らねえ悪態ついてる場合じゃねえぜ!』

 

そう言うと、男の人は私の方に向かって走ってきた。煙のおかげではっきりと顔かたちはわからなかったが、輪郭は確認することが出来る。向こうもそうなのだろう、一直線に私の方にやってきた。

 

『おい、お前さんが小笠原の嬢ちゃんか!?』

「えっ…」

 

いきなり自分のことを聞かれて戸惑う。が、男の人はそんな私に構わず、

 

『どうなんだ!?』

 

と、更に詰め寄ってきた。

 

「は、はい」

 

強い調子で話しかけられたのがよかったのか、私はいつもの落ち着いた口調を幾分取り戻していた。

 

『そうか! 間に合ったか!』

 

男の人が嬉しそうに答えた。そして、

 

『迎えに来たぜ!』

 

と、その手を差し出してくれた。

 

「お…迎え?」

『ああ。お前さんの親父さんに頼まれてな!』

「お父様に!?」

 

男の人のこの言葉に、私は身体に幾らかの力が戻ってきたのを感じた。

 

『ああ。さ、早く』

 

そう言って、男の人は自分の手を握るように促した。一も二もなくその手を取る。その手は今の私にはとても大きく、そして心地のいい温かさだった。男の人は私の手を取ると、グッと自分の方に引き寄せる。結果、私はその男の人に抱きしめられるような形になっていた。

 

(赤)

 

男の人の温もりや匂いに包まれ、場違いにも私は赤面してしまう。が、そんな私のことなど当然ながら到底気付いてないのだろう、男の人は急いで駆け出した。

 

『ハンカチ持ってるか?』

 

走りながら男の人が訊ねる。

 

「は、はい」

『上等。そのハンカチで口と鼻を押さえて呼吸するんだ。少しでも煙を吸わないようにな。それと目も瞑ってろ。熱や煙にやられないようにな』

「は、はい!」

 

言われた通りにハンカチで口と鼻を覆い目を瞑って、私は男の人に自分の身を委ねた。しばらくすると、バンッという大きな音が聞こえ、冷え込んだ風が私を包んだ。どうやら非常口から外に出たらしい。

 

(よかった…)

 

これで一安心できると思ったのも束の間だった。すぐに階下から熱風が私の身を包む。そして部屋の中とは比べ物にならないほどの黒煙がもうもうと立ち上ってきた。ちらと目を開ける。煙でよくわからないが、それでも自分の真下が真っ赤になっているのはわかった。その絶望的な光景を見て、私は再び涙を流してしまった。

 

(ここまでなの…?)

 

助かったと思ったのに、最後の最後でこれではあまりにもあんまりだ。そう思うと、一度堰を切った涙は止まらなかった。後から後から流れ続ける。が、

 

『心配するな』

 

そう、男の人が言った。

 

「え…」

 

思わず顔を上げて見上げる。涙と、そして煙によって顔を確認することは出来なかったが、何故か私は男の人が力強く微笑んでいる気がした。

 

『依頼されたんだからな。ちゃんと仕事はやるさ』

 

そう、私に伝えるよりは自分に言い聞かせるように言うと、

 

『脱出する、しっかり捕まってろよ。それと、目を絶対に開けるな!』

「は、はい!」

 

勢いに圧され渡しは返事をした。そして言われたように男の人にしっかり捕まり、ぎゅっと目を瞑った。

 

『いい子だな』

 

私を落ち着かせるためだろうか、男の人がゆっくりと私の背中を撫でる。撫でられるに従って、私は落ち着いていった。そしてそれを二・三度続けると、男の人は私の背中を撫でるのを終わらせた。そして、

 

『さ、行くぜ! 夜の空中散歩だ!』

 

と、言うと走り出した。そしてすぐに、私の身体が恐ろしいぐらいの勢いの風に包まれた。

 

(!)

 

男の人を放さないように今まで以上にぎゅっと抱きしめる。そして、身体に感じるのは先程までの熱いものではなく、夜の冷え込む風だった。それを私は凄い勢いで全身に浴びている。

 

(これってもしかして…)

 

恐る恐る薄目を開けてみる。そうすると、

 

「うわぁ…」

 

眼下にはネオンや車のライト、街灯がキラキラと輝いている。まさしく地上の星と形容すべきものの姿がそこにあった。そして思わず呟いてしまった。空中に身を投げ出しているのだ、怖いと思うのが先だろうが、不思議と私にはそんな感覚はなかった。ただ、

 

(綺麗…)

 

そう思っただけだった。が、目を開けていられたのもここまでだった。強い風がひっきりなしに目に入ってきて辛いので閉じることにする。緊張の糸が切れてしまったのだろうか、浮遊感に包まれて私は意識を失った。

 

 

 

 

 

『…ぃ…おい…』

 

遠くから声が聞こえる。それに意識を傾けると、私は目を開いた。

 

「…ん…ここは?」

 

誰に訊ねるでもなく呟く。と、

 

『あのビルの近くにある公園だよ』

 

誰かが私の声に答えた。ビックリして顔を上げると、慌てて立ち上がった。

 

『大丈夫か?』

 

そんな私にその声の持ち主が言葉をかける。その声色から、さっき私を助けてくれた人だと言うことがわかった。それがわかり、幾分ホッとして胸を撫で下ろした。

 

「あ、は、はい。大丈夫です」

『そうか』

 

嬉しそうに男の人が答えた。が、顔を見ることは出来なかった。近くに照明があまりない上に、木陰に佇んでいるのだ。計算してかどうかはわからないが、丁度顔だけ隠れていた。

 

「あの、あなたは一体…」

 

そう訊ねようとした私だったが、

 

『おっと、その前に…』

 

と、男の人が話を遮った。そして、ある方向を指差す。

 

『親父さんとお袋さんに無事を知らせてきな』

「えっ…あ!」

 

男の人に言われるまで、全く気が付かなかった。確かにあんな火事に巻き込まれたのだ。お父様もお母様も心配しているはず。そのことを失念していた。

 

「そうでした。すみません、ありがとうございます!」

 

ペコッとお辞儀をすると、男の人の指差した方に駆け出そうとした。が、慌てて立ち止まると、

 

「あの、お礼をしたいので少し待っていていただけますか?」

 

と、伝えた。

 

『ん、わかった』

 

男の人の言葉にホッと胸を撫で下ろす。とは言え、それだけでは不安だったので更に一つダメを押すことにした。

 

「それじゃあ、指切りしてください」

 

そう言って、小指を出す。

 

『え…』

 

私の言葉に男の人は驚いていたようだったが、『しょうがないな』といった感じの口調で、

 

『わかった』

 

と、答えて小指を出してくれた。その言葉を聞き、再び胸を撫で下ろす。断られたりしたらどうしようと思ったからだ。生命を救われておきながら何のお礼もしないわけにはいかないから。だが取り敢えずその心配はなくなった。

 

「それじゃ」

 

そして私も小指を立てると男の人の小指に絡める。絡めた指の部分から体温が伝わってきて、先程抱きしめて抱きしめられたことを思い出して顔がほんのり赤くなった。が、それを悟られないように、

 

「それじゃ、指切りです」

 

と、指切りを交わした。

 

『さ、行ってこい』

「はい!」

 

指切りが終わると男の人に促され、私は駆け足で男の人が指差した方向に駆け出した。

 

 

 

 

 

「お父様! お母様!」

 

雑踏の中に両親を見つけると私は大きな声で二人を呼んだ。お父様は苦虫を噛み潰したような顔、お母様は泣きそうな顔をしていたが、私の声を聞き、私の姿を見た途端に二人とも信じられないといったような表情をした。だが次の瞬間には涙を浮かべながら嬉しそうな表情で私のところに走ってくる。

 

「祥子!」

「祥子!」

 

駆け寄ってきたお父様が私をぎゅっと抱きしめた。その隣でお母様がハンカチで目元を拭いながら肩を震わせている。

 

「お父様! お母様!」

 

私もお父様をぎゅっと抱きしめ返した。それがどれぐらい続いてからだろうか、どちらからともなく身体を離した。

 

「無事だったんだな!」

「良く…良く無事で…」

 

二人の目に再び涙が滲んだ。それを見て、私の目にも涙が滲む。それを拭うと、

 

「はい。心配かけてごめんなさい。お父様、お母様」

 

と、無事なのをアピールするかのようににっこりと微笑んだ。その私の笑顔を見て、お父様もお母様もようやく微笑んでくれた。

 

「それにしても、どうやって?」

 

お父様がそう言ったのを切欠に、私はあの男の人を思い出した。

 

「はい。実は助けてくれた人がおりまして」

「助けてくれた人?」

「はい」

「祥子、その方はどこにいらっしゃるの?」

 

お母様が訊ねてきた。

 

「はい、お母様。そこの公園にいらっしゃいます」

 

私は自分がやってきた公園を指差す。

 

「それで、何かお礼をしたいのですが、よろしいですか?」

「勿論よ」

 

私の言葉にお母様が一も二もなく頷いた。

 

「祥子の生命の恩人なら当然よ。ねえ、あなた」

「そうだな。祥子、その人のところに案内してくれるか?」

「はい!」

 

大きく頷くと、私はお父様とお母様の手を引っ張って公園へと向かった。

 

 

 

 

 

「あれ…」

 

男の人がさっきいた場所までやってくる。が、そこには誰もいなかった。

 

「おかしいわ。確かにここにいたのに…」

 

首を傾げると辺りを見渡す。が、それらしい人影はどこにもいなかった。

 

「誰もいない…わね」

 

お母様がそう呟く。

 

「そうだね」

 

お父様は相槌を打つと、膝を曲げて私に目線を合わせた。

 

「祥子、本当にここで間違いないのかい?」

「はい。間違いありません、お父様」

「そうか…」

 

私の口調から、私の思い違いでないことを読み取ったのだろう。お父様がゆっくり立ち上がった。

 

「なら、少し辺りを探してみようか?」

「そうですね」

「はい」

 

お母様と私はそのお父様の言葉に頷くと、手分けをして周囲を念入りに探した。しかし、十分経っても二十分経ってもついに私たちは私を男の人を見つけることが出来なかった。

 

「いましたか?」

 

戻ってきたお父様に話しかける。ちなみに私はお母様と一緒に探していた。

 

「いや、全然…」

「そうですか…」

 

お父様の言葉に私は肩を落とした。

 

「どうして…? 待ってて下さいって言ったのに。それに、『わかった』って言って下さったのに…。指切りまでしたのに…」

 

その事実に、私はまた泣きそうになってしまった。そんな私を気遣うようにか、お母様が優しく話しかける。

 

「祥子…」

「お母様、どうしてあの方はいなくなってしまわれたのですか?」

 

その私の言葉に、お母様はゆっくりと首を左右に振った。

 

「ごめんなさい、私にはわからないわ…」

「そう…ですか…」

 

その言葉を聞き、私はまた泣きそうになってしまう。お母様には何の非もないとはいえ、わからないと言われたため理不尽な怒りをぶつけてしまいそうだった。

 

「祥子…」

 

そんな私を思いとどまらせたのはお父様の言葉だった。

 

「はい、お父様」

「僕にはその祥子を救ってくれた人物が何故姿を消したのかはわからない。でも、姿を消した以上はそれにふさわしい理由があると思うんだ」

「理由…ですか?」

「ああ」

 

お父様がゆっくりと頷く。

 

「だからこれ以上探すのは止めよう」

「! で、でも、お父様!」

「祥子…」

 

膝を折り曲げ、お父様は再び私に目線を合わせた。

 

「心配しなくても、必ずまた逢える。そう、約束したんだろう?」

「…はい」

 

お父様の言葉に、私はゆっくりと頷いた。

 

「約束は何のためにあると思う?」

「え…何のため…ですか?」

「そうだ」

 

少しの間考える。だがわからなかった。

 

「わかりません…」

 

そう答えるとお父様はニコッと微笑み、

 

「それはな、守るためだよ」

 

と、諭すように話しかけた。

 

「約束は守るため、そして果たすためにあるんだ。祥子、お前は自分の生命を救ってくれたその人が、約束を破るような人だと思うのかい?」

「違います!」

 

根拠はない。だが、私はそうはっきりと言い切った。

 

「あの方は、そんな方ではありません!」

「そうか。なら信じるんだ、その人に再開して約束を果たせることを。そしてそのときには…」

「? …そのときには?」

「平手打ちの一つでもお見舞いしてやれ」

 

おどけた口調で言ったお父様の言葉に、私は一瞬虚を突かれたが次の瞬間にはくすっと笑ってしまった。

 

「そんな、お父様ったら…」

「いや、当然だろ? 女の子を待たせたんだ。それぐらいは覚悟しないとな」

「もう、あなたったら…」

 

お父様の言葉にお母様もくすくすと笑っている。と、さっきまでの重たい雰囲気が幾分和らいだのを感じた。

 

(まさかお父様、このために…?)

 

探りを入れるように窺ったが、所詮子供にそんな器用な真似ができるわけはなかった。が、なんとなく私が思ったことは間違いではないような気がしていた。

 

(ありがとう。お父様)

 

内心でお礼を言う。それを察してかどうか知らないが、

 

「さ、それじゃあ帰ろう」

 

と、お父様が私の手を握った。

 

「ええ。そうですね」

 

お母様も頷くと、お父様が握っていない方の私の手を握る。そしてゆっくりと歩き出した。

 

「……」

 

私は一度だけ振り返った。今は誰もいないが、さっきまでは確かにいたその場所に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん…」

 

不意に、意識が覚醒した。目を開くと、そこはいつもと代わらぬ自分の部屋だった。時計に目をやると、もうすぐ起きる時間だった。

 

「夢…」

 

そう、ポツリと呟くと上体を起こす。そしてベッドから出ると窓のカーテンを開けた。朝日が部屋の中に入り込んでくる。

 

「んっ…」

 

いきなりの直射日光に手を目の前にかざしたがすぐに慣れ、ゆっくりと手を下ろした。いい天気だ。雲一つない。

 

「今日はいいお天気ね」

 

知らず、そう呟いた。基本的に私は低血圧で朝は弱くてダメなのだが、時々スッキリと起きられるときがある。それが、あの夢を見たときだった。

 

「でも…久しぶりね」

 

そう呟く。呟いた通り、この夢を見るのは久しぶりだったからだ。あの一件があってからしばらくは毎晩のように見ていたものだが、やがてその頻度も少しずつ間隔が開き始め、ここ最近は全く見ていなかった。

 

「……」

 

不意に、鏡に目をやった。あれ以来、あの男の人とは逢えていない。必然的に約束は未だに果たせずじまいのままだ。幼いころは絶対にと思っていたが、最近は諦め始めてきてもいた。

 

「なのに、何で今頃…」

 

私の呟きは、朝の風に消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし! これで仕事も終わりだ!」

 

某所。一人の青年が嬉しそうにぱーんと拍手を叩いた。

 

「さて…と、それじゃあ帰るとするかな」

 

振り返ると空を見上げる。そこには、太陽がさんさんと輝いていた。

 

「おーお。今日もいい天気になりそうだ」

 

青年は呟くと、上着のポケットに手を突っ込んで歩き出した。





バカラさんからの投稿で、マリみてと何かのクロス。
美姫 「これってひょっとして」
うーん、俺もタイトルからとある作品が思いついたんだが。
美姫 「まだ秘密だから、ここでは黙ってましょう」
だな。あってるかどうかも分からないし。
美姫 「昔の作品よね」
多分。まあ、読み進めて行けば分かるだろう。
美姫 「そうね。それじゃあ、また次回で」
ではでは。



▲頂きものの部屋へ

▲SSのトップへ



▲Home          ▲戻る