あとがき物語 二つの伝説 3−B

    *

「はあ〜……」

 わたしはげっそりした顔で桜並木を歩いていた。

 隣には楽しそうにお喋りをしている柚菜と由衣。

「あれ?どうしたんですか紀衣さん。なんだか元気がないみたいですけど」

「そやな。朝ごはんちゃんと食べてきたん?朝抜きは体にようあらへんよ」

「……誰のせいだと思ってるの」

 わたしは事の元凶である二人を恨めしそうに睨んだ。

「そんな怖い顔せえへんといてな。せっかくの美人さんが台無しやで」

「そうですよ」

「はあ〜、もういい……」

 世にも愉快だと言わんばかりの晴れ晴れとした二人の笑顔にわたしはまた溜息を吐いた。

 自分の歩き方がおかしくないか気になったけど、確かめる気力なんてない。

「紀衣さん、腰がえびみたいに曲がってますよ」

「こんなことになったのは誰のせいかな〜。このこの」

 わたしは由衣の頬を両手で引っ張った。

「ふえ〜、やめてください紀衣さん」

「おかげで朝起きたら、体の節々は痛いわ歩き方はいびつわで大変だったんだから」

「そんなこと言ったって。紀衣さんだって激しかったじゃないですか〜。途中から立場が逆転してたし」

 由衣は何を思い出したのか頬を赤く染める。

「わわわっ!?その話をこんな所でしない」

 わたしも昨日のことを思い出して顔を真っ赤にして由衣の口を塞いだ。

「なになに?もしかして昨日のこと。あれからどうやったん。うちにも聞かせて」

 柚菜が興味津々にわたしと由衣の肩に手をまわしてきた。

「なっ、なにもなかったよ。ねっ?由衣」

「そんな〜、冷たいこと言わないでください。私とあんなことやこんなこと……いっぱいしたじゃないですか。紀衣さんとっても激しかったじゃないですか。それにあんなに乱れて」

「ということは大成功やったんやね。おめでとう由衣ちゃん」

「はい。でも柚菜先輩の協力がなければきっと紀衣さんはどこの馬の骨とも知れない野獣に食べられちゃってたと思います」

「うんうん、そう言ってもらえるとうちを協力した甲斐があったってもんや」

「本当にありがとうございました。これからもお願いします」

「おう、まかしとき」

「……お二人さん。友情を深めあってるところ申し訳ないんだけど」

「何ですか?紀衣さん」

「なん?もしかして今度はうちも混ぜてくれるの」

「あっ、それもいいですね。三人で……」

 またピンクの世界に飛び立とうとする由衣を引き戻して、わたしは普段はあまり見せることのない表情を浮かべて言った。

「二人ともあとでお仕置きだよ」

「あっ……」

 そこでようやくことの重大さに気づいた柚菜がわたしから離れようとしたが、もう遅い。

 わたしは柚菜の腰に手を回してきゅっと力を入れた。

「あう」

 脱出に失敗してうなだれる柚菜。

「失念しとったわ……」

「ふっふっふ、あの時のこと覚えてる?」

「あんなことされて忘れられるわけないやろ。……もしかして、またアレなん?」

「さあ?どうかなあ〜、今度は由衣もいるしね」

「あうあう…」

 わたしのその言葉を聞いて、柚菜はがくがくと震え出す。

 ちなみにさりげなく逃げようとする由衣の体をロックするのも忘れていない。

「由衣、わたしから逃げようったってそうはいかないよ」

「あっあはは……」

 由衣はひきつった笑みを浮かべて必死に抵抗をする。

「さあて、放課後が楽しみだね〜♪ちなみに逃げたりしたらもっと楽しいことになるから」

「あう〜っ」

 朝の通学路に二人の悲痛な叫び声が響き渡った。

    *

「……これは何?」

 わたしは呆然と立ち尽くしていた。

「綺麗ですね」

「うん、ここまで何もないと清々しくてええなあ」

 呆然と立ち尽くすわたしの隣で柚菜と由衣が呑気なことを言っている。

 あまつさえ深呼吸までしている。

 そんなに空気がうまいか。

「二人ともなに呑気なこと言ってるの。何もないんだよ?」

「何もあらへんな」

「何もないですね」

 二人はしみじみと頷いた。

「他に言うことは?」

「そうやな……。あっ、そうや。こんなことしとる場合やない」

「うんうん。やっと分かってくれたか」

「何もあらへんとお昼寝できへんやんか〜」

「確かに大変です。こう何もないと紀衣さんの写真集を一人でゆっくり楽しむことができません」

 ガクッ。

「二人ともつっこむところが違うでしょっ!!

「そうかな?」

「そんなことないと思いますけど」

 不思議そうに首をかしげる二人にわたしはもう反論する気が失せた。

「もういい。……それにしても、どうするんだろ?これ」

 わたしは目の前に広がる空き地を見渡した。

 そこに本来あったはずの物はなく、飄々としていた。

「原因が分かるのが嫌だな。はあ〜」

 わたしは深くため息を吐いた。

「ふぉっふぉっふぉ、ここまで何もないと清々しいのう」

「まったくです。生徒会の仕事もこんなふうに何もなければよいのですが」

「そうじゃの。そうすれば思い存分、生徒達の様子を観察できるのじゃがのう。ところで何故のうなっておるのじゃ?予定ではもう片付いておるはずなんじゃが」

「申し訳ありません。実は彼等がたまには休暇をくれというので、それについての交渉が思いのほか長引いてしまって、今に至っているということです」

「ふむ、まあ彼等にはいつも働いてもらっているからのう。休暇も必要じゃし仕方がないのう」

「ええ、仕方がないことなのです」

「こんな状況じゃあ他の先生達も生徒達もどうすることもできぬ。どれ今日はゆっくり休んで明日への英気を養うとしようか」

「それは名案です。それでは早速帰ってお茶の準備をしましょう。いい茶葉が手に入ったので」

「おお、それは楽しみじゃ」

「勝手に納得して帰るんじゃなーいっ!!

 わたしは帰ろうとする二人にめがけて足元に転がっていた手ごろな石を投げた。

 スコーン!!

「むっ、これは堀江さんではないか。今日も美しいな」

「そんなことはどうだっていいんですっ!!それよりこれどうしてくれるんですか」

 わたしは学校があった場所を指差して叫んだ。

「なんだ。そんなことかね」

「そんなことって」

「心配せずとも明日になれば元に戻っている。そんなことより堀江さんもどうだね」

「せっかくですが遠慮しておきます」

 あの二人についていったらいったい何をされるかわかったものではない。

「そうか、残念だが仕方ない」

「仕方ない。では行こうか」

「そうですね」

「ちょっと待てっ」

 踵を返して帰ろうとする二人の肩を掴んで引き止める。

「帰るのは勝手ですけど、その前にちゃんと責任とってから帰ってください」

「そうは言っても、こればかりは本当にどうにもならないのだよ」

「これも運命と思って諦めてほしいのじゃ」

「そんなわけの分からないこと言わないでください。もともと騒ぎを大きくしたのはお二人の仕業でしょ。期末テストも近いんですから何とかしてください」

「まあまあ、そんなに怖い顔をしないでくれたまえ」

「せっかくの美人が台無しじゃぞ」

「真面目に答えてください。いい加減にしないとあそこの倉庫まで同行してもらいますよ」

 わたしが指差した倉庫は怪しげな装飾が施されていて、“お仕置き部屋”と書かれた看板が立てかけられていた。

 それを見た柚菜と由衣が体を寄せ合って震えている。

 あの二人も事業自得である。

 二人は親友だけどたまにおイタが過ぎるので軽くお灸をすえておかなくては。

「なんだねあれは?」

「ふむ、お仕置き部屋かね。懐かしいのう、あれはいつの頃だったか……あの痺れるような快感は思い出しただけでもぞくぞくするわい」

「なかなか面白そうですね。そうだ今日の授業はあそこでするというのはどうでしょう?なかなか刺激的で退屈しないですみそうですし」

「それはいい考えじゃ。それでは今日の授業は教師と生徒のなんたるかについてあそこでじっくりと講義をするとしよう」

「それはすばらしい。生徒に誠意と敬愛の精神を育ませるといことですね」

「悪意と軽蔑の間違いでしょ。さっ、言いたいことはもうありませんね。さっさと行きますよ」

 そう言ってわたしは会長と校長をロープで縛り上げて引きずっていく。

「何をするのだね、こんな善良な生徒を捕まえて血祭りに上げようとはどういう了見だね。こんなことをすれば君の名誉にどろがつくではないか」

「そうじゃ、そうじゃ。年寄りをもっと大事に扱わんかい」

 引きずられながらじたばたする二人にわたしは振り返って眼を細めた。

「大丈夫ですよ。血祭りに上げるのは極悪生徒だけですから。だって善良な生徒ならわたしをこんなふうに困らせないもの。それと校長、イタズラ好きな人は簡単には死にませんよ」

「むう、しかしだね。世の中に本当の善人など微々たるものなのだよ。少しくらいの欠点があっても大きな心で寛容するべきだと思うのだよ」

「ぬぬ、しかしじゃな。いくらイタズラ好きが長生きするとは言え誰でも歳にはかなわんのじゃ」

 なおも食い下がる二人にわたしは薄い笑みを浮かべて言った。

「念仏はもう唱え終わりましたか?それじゃあ行きましょう」

「まっ、待ちたまえ。確かに私にはいろいろと寛容し難い過去があったのかもしれないと思わなくもない」

「まっ待つのじゃ。確かにわしは今時の若いものよりかは体力にも自信があると思わなくもないような気もするのじゃが」

 さすがに冗談が通じないと察したのか、珍しく二人が必死で弁解しようとしている。

 でもねもう遅いんだよ。わたしを本気にさせたあんた達が悪い。

「それじゃあ二人とも何がしたいか今のうちに考えておいてくださいね」

「むう……」

「ぬう……」

 二人は弁解不可能と悟ったのか、今度はロープから逃れようともがき始めた。

「無駄ですよ。この縛り方だとヒトデでないかぎり抜け出すことは不可能です」

 どんなに柔軟な人間であろうともあんなふうに縛られたら身動きがとれないだろう。

「さあ、何をしようかな……ふっふっふ、楽しみですね」

 わたしは鼻歌混じりにロープを引きずりながら倉庫へと向かう。

「柚菜たちはちょっと待っててね。この二人をお祓いしてから楽しみましょう」

 そう言って柚菜達のほうを見ると、二人はわたしと眼を合わせまいときつく眼を閉じて震えながら抱き合っていた。

「そんなに怖がらなくても大丈夫。痛いことはしないから。わたしそんなに非情な人間じゃないつもりだよ。三人でゆっくりと楽しみましょう……ふふふ」

「……忘れとったわ。紀衣の堪忍袋は大きいけどその分破れた時の反動がすさまじいんや」

「わっ私達どうなっちゃうんですか?」

「わからへん、せやけど本人の言うとるように手え上げるようなことはせえへんと思う。まだうちらを見る眼から痛みは感じんかったから」

「視線でそこまで感じるものなんですか?」

「なめたらあかんで由衣ちゃん。紀衣の本気は人を石にするんや。紀衣と付き合い長いからよう分かるんや」

「それじゃあ私達……」

「今回の作戦は早すぎたのかもしれへんな……」

「そんな〜……」

 わたしはがっくりとうなだれる柚菜と由衣を横目に、ロープで縛った邪念の塊二つを引きずりながら苦笑した。

 ……あんなに絶望して。

 だって、二人とも愛情表現が激しいんだもん。戸惑ってしまうくらい。

 そんなに大胆だとわたしだってその気になってしまう。

 っと、あの二人はもともとその気なんだろうね。やれやれだよ。

 わたしは違う意味でまた苦笑した。

 もうしばらく反省させたら許してあげよう。

 いつかわたしが自分の気持ちに答えを出せたとき彼女に笑っていてほしいから。

 それにこのぶんだとまた昨日みたいなことは続くのだろう。

 なら、わたしもそれを楽しもう。もう何をされても動じないからね。

 




 あとがきのあとがき

麗奈「今回はなんかぱっとしないわね」

佐祐理「あはは、そうですね。どうしちゃったんでしょうか?」

真雪「たぶんあれだ。生きるのに疲れたんだろ」

知佳「そっそれはなんか違うような気がする……」

佐祐理「まあまあ、人間誰しも行き詰ることはありますよ。それにもともと思いつきから始まった企画ですし、無計画でここまで来たんですから行き詰らなかったほうがおかしいですよ」

 ぐさっ!!

真雪「ん?今なんか刺さらなかったか」

麗奈「気のせいでしょ」

佐祐理「それでは次回もお楽しみに」

知佳「そういえば結局テスト勉強の話じゃなかったね」

   




いや、学校がないって。
美姫 「流石にやりすぎたわね。お仕置きも仕方なしね」
ブルブル。ううぅ。その単語を聞くだけで自分に関係なくても身体が勝手に震える……。
美姫 「パブロフの犬ね、まさに」
だ、誰のせい……えっと、次回も楽しみだな〜。
美姫 「急に話を変えたわね」
き、気のせいだよ〜。決して、お仕置き部屋の文字が見えたからじゃないぞ〜。
美姫 「あー、はいはい。次回も待ってますね」
ではでは。



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